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若親分喧嘩状

  • posted at:2005-07-20
  • written by:砂月(すなつき)
わかおやぶんけんかじょう
大映(京都撮影所)
配給:大映
製作年:1966年
公開日:1966年1月1日 併映「新・兵隊やくざ」
監督:池広一夫
企画:斎藤米次郎
脚本:高岩肇
撮影:森田富士郎
音楽:斎藤一郎
録音:海原幸夫
照明:美間博
美術:加藤茂
編集:谷口登司夫
擬斗:宮内昌平
助監督:国原俊明
製作主任:村井昭彦
現像:東京現像所
出演:市川雷蔵 高田美和 江波杏子 小山明子 滝田裕介
シネマスコープ カラー 83分

大正初期、上海。深夜の街に現れた男は一軒の家に忍び込むと見張りを倒して機関銃を奪った。そして部屋の一味を掃討すると匿われた一人の女性を助け出したのだった。男の名は、海軍上層部の絡んだ汚職事件に終止符を打つために軍服姿で鎮守府へ乗り込み、政界の実力者・堀越伝三郎を斬った南条武だった。その後、彼は大陸に逃亡していたが、帝国陸軍過激派が蒙古独立の美名のもとに正統の王女トクーズ姫を利用していることを知り、東洋の平和を乱されることを恐れた武は単身で奪還した。そしてトクーズ姫を東京に連れ帰った武は、憂国の士・木嶋剛に預けたのだった。 武の男っぷりに惚れ込んだ木嶋は、帰るところのない彼を将来の後継者として迎えようと考えていた。だが遊侠の徒として生きる覚悟を決めていた武はそれを断わり、横浜の高遠組に世話になることにした。高遠組の親分・弥之助は武の亡父・辰五郎の弟分に当り、今は解散した南条組の生き残りである仙之助も世話になっていたからだ。 翌日、弥之助は仲間内の寄り合いで武を披露した。歓談する門前組の忠太郎たちの間に割って入った新興ヤクザの猪之原勘蔵は古いしきたりに反抗し、それを聞いた武は任侠の道を踏み外したヤクザは所詮虫けら以下だと言い放った。勘蔵は東洋物産の株を買占め会社の乗っ取りを画策していたが、彼の背後では外国商社のヴィクトルが糸を引いていた。

竹村海軍少佐を座敷に招いた武は、鎮守府で起こした事件が海軍に衝撃を与え、部内が粛清されたことを知った。だが陸軍の一部の過激派は、満州、蒙古方面に独立に名を借りて火の手を上げようとしていた。欧州の国と結託しているという噂さえあり、東洋の平和が脅かされる今、竹村は日本の行く末を本気で心配していたが、武は俺にはもう関係ないとはぐらかし昔話を肴に飲んだ。 二人が帰ろうとすると、芸者の喜久松が助けを求めて来た。勘蔵は以前から喜久松を贔屓にしていたが、何で儲けたお金かわかりゃしないという言葉に腹を立て暴力を振るったのだった。ばつの悪い勘蔵は、あのときの言葉は忘れてないだろうなと凄んだ。すると武はハマにはハマのやり方があるということだったらよく覚えておりますと軽くあしらった。その粋な姿に喜久松は惚れ込み、再会の約束をした。

路上で女がもがき苦しんで死んだ。港新報社の山本健記者はその事件を翌日の新聞で大きく報じ、ヤクザの悪業を痛烈に批判した。それに怒った猪之原一味は嫌がらせを行ったが、健は妹の早苗とともに不正と闘った。女の死因は阿片中毒だったが、それにはヴィクトルが深く関わっていた。 東洋物産を手に入れたヴィクトルは、川上陸軍中佐に賄賂を渡し阿片を糧秣倉庫の納入品として税関を通過させる約束を交わした。川上が協力した理由は、ヴィクトルが買収に乗り出している朝日海運の貨物船が必要だったからだ。貨物船が手に入れば独立戦争に使用する武器兵力を大陸に送り込むことが可能だった。 木嶋は朝日造船の大木社長との会談に弥之助と武を同席させ、ことの重大さを説いた。ヴィクトルの資金源を利用する陸軍過激派は、トクーズ姫を奪還してクーデターを断行することは間違いなかった。毒を制するには毒を以ってする。木嶋は二人に海運会社の乗っ取りを阻止して欲しいと願い出たのだった。

屋台的映画館
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