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俗物図鑑

  • posted at:2016-05-08
  • written by:砂月(すなつき)
ぞくぶつずかん

配給:-
製作年:1982年
公開日:1982年11月8日
監督:内藤誠
企画:桂千穂 内藤誠
製作:束田成太郎 春田克典 藤井寛隆
原作:筒井康隆
脚本:桂千穂 内藤誠
撮影:阪本善尚
音楽:ヒカシュー
美術協力:今村力
タイトル・イラスト:山藤章二
録音:宗方弘好
編集:戸田健夫
記録:高津省子
照明:渡辺昭夫
装飾:上原光雄
美粧:奥村弘子
助監督:中村明
ミス入江の衣裳:大林恭子
8ミリ映画監督:大林千茱萸
スチール:滝本淳助
製作担当:清水一夫
製作主任:橋本寛
進行:森崎紀男
出演:平岡正明 巻上公一 南伸坊 入江若葉 栗林由美子
スタンダード カラー 75分

おかしな評論家の巣窟「梁山泊プロダクション」。そこで何やらおもしろそうなパーティーがあると聞き、てっきり乱交パーティーだと思った風巻機工社長で盗聴評論家の風巻扇太郎は服を脱いで部屋に入った。だがそこにいたのは接待評論家の雷門享介、贈答評論家の平松礼子、横領評論家の本橋浪夫、火事評論家の杉沢亜香など奇妙な連中が天井裏に潜む男をいぶりだそうとしていたのだ。女の喘ぎ声に興奮し足を踏み外して落ちてきたのは管理人で覗きのプロの城亀吉で、享介たちに取り囲まれた彼は出歯亀と罵られた。その後、出歯亀評論家として所属した亀吉はテレビ番組「昼下がりレディズショウ」に出演することになり、社会の敵として俗悪番組追放婦人同盟代表や主婦連代表、全国PTA協議会代表と激論を交わすことになったが、罵倒を受けるその番組は評論家としての登竜門だった。

梁山泊プロダクションで代表を務める享介は水滸伝に出てくる梁山泊のような優れた人物たちが集まる場所を作ろうと考えていた。ところが今いるのは108人に遠く及ばない9人だった。ある日、そこにやってきたのは全身皮膚病の芥山虫右衛門だった。享介は出て行けと叫ぶが息子に追い出されてきたばかりだから帰るところはないと言った。困った享介は帰ってくださいと語気を弱めて治療代の札束を差し出すが、虫右衛門は皮膚病を単に悪い物と決めつけるなんてけしからんと叱った。彼はありとあらゆる皮膚病を肌で感じて本質に触れ思想にまで高めており、評論家になれば住まわせてもらえると聞いてやってきたのだった。

テレビ番組「ミッドナイトショウ」で反吐評論家の片桐考太郎と万引評論家の沼田峰子が俺たちと一緒にするなと主張する片目の文芸評論家と討論をしていた。君たちが一体何を評論するのかと文芸評論家が問うと、考太郎は口先だけではないことを証明すると言った。1年前のある晩、
妻と高校3年の息子を抱えて嫌々ながら会社の接待役として働いていた享介と飲み歩いていた彼は道の端に吐瀉物を見つけた。その見た目や臭い、味からその人物が酔った振りをするために遊び歩く35、6歳の男で、座ったままで仕事をする職業であることを考察した。そしてその後、職業が文芸評論家で身体的特徴が片目であることまで突き止めたのだった。そんなことはありえないと文芸評論家が馬鹿にすると、司会者はスタジオである実験を行うと発表した。それは反吐の鑑定でスタッフや観覧者も含めたスタジオ内にいる人物を特定するというものだった。

屋台的映画館
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卒業プルーフ

  • posted at:2012-08-08
  • written by:砂月(すなつき)
そつぎょうぷるーふ
フラミンゴ・ビュー・カンパニー
配給:東映クラシックフィルム
製作年:1987年
公開日:1987年11月28日
監督:牛山真一
共同監督:小中和哉
企画:丹羽多聞
プロデューサー:鶴見辰吾
脚本:秋場由美 山本英史 牛山真一 鶴見辰吾 小中和哉
音楽監督:松本孝浩
・・・:「ENDLESS」比企理恵
・・・:「IN THE WIND」水口馨
・・・:「DEAR MY SEASON」児島未知留
撮影:近森真史
美術:近藤成之
照明:池田潤一
編集:冨宅理一
録音:辻健太郎
整音:杉崎喬
演出部チーフ:山本英史
スタイリスト:佃明子
メイキャップ:庄司真由美
助監督:山本英史
製作協力:丸金建設株式会社
出演:児島未知留 比企理恵 宮田恭男 植松倫樹 水口肇
スタンダード カラー 105分

聖ヨーク大学に通う里見千秋は、翌日に迫った卒業記念ダンスパーティ(プロム)に誘ってくれた片思いの彼からの電話を待っていたが、いくら待っても掛かって来る様子がなかった。千秋には男友達(楠木有人、神野高史、佐藤竜介)がいた。彼らとはスキー旅行へ行くなどとても親しくしていたが、恋愛対象ではなかった。はやる心を静めながら待つ彼女のもとへ一本の電話が掛かった。 電話の相手は喫茶店にいる高史だった。高史が千秋に片思いをしていることを知っていた竜介は、卒業すれば四人がバラバラになってしまうことから強引に告白させようとしたのだ。その様子を静かに見ていたのは、同じく片思いの有人だった。

プロムの当日、大学の掲示板には卒業試験で不正行為を働いたと見られる8人の名前が記された紙が貼られていた。だが学校に呼び出しを受け出席したのは、片桐雄大、志方善幸、本城勝利、熊本葉子、山岸美保、深澤直治の6人だけだった。本来ならカンニングが発覚した時点で退学処分となるのだが、彼らが卒業予定者という事情もあるため学生部長との面談で弁明を聞いたうえで処分が決まる。面談の結果はその後に開かれる卒業判定会に掛けられることになっていた。大学職員からの説明で、結果がわかるのが夕方だと知った勝利には気掛かりなことがあった。面談とプロムの日が重なっていたからだ。だが職員は単なる偶然だと片付けた。面識のない6人は、面談までの時間を静かな教室で過ごすことになった。

千秋が朝食をとっていると、母親が玄関に置かれた大きなバラの花束を持ってきた。メッセージカードが挟まっていたことから憧れの人からの誘いだと信じていた千秋は、有人の名前が書かれたカードを読んでがっかりした。 その頃、有人はラグビー部の部室にいた。彼が所属するラグビー部は首都大学対抗選手権で準優勝する程の実力を持っていた。既に引退していたが、久しぶりに仲間たちと汗を流したのだった。部室にやってきた竜介は知っていた。有人が千秋に告白するために気合を入れようとしていたことを。竜介は有人の名前を勝手に使って千秋に花束を贈ったのだった。戸惑う有人に竜介は言った。「礼はいいから、金くれ」。

屋台的映画館

卒業旅行 ニホンから来ました

  • posted at:2009-10-23
  • written by:砂月(すなつき)
そつぎょうりょこうにほんからきました
東宝=バンダイビジュアル
配給:東宝
製作年:1993年
公開日:1993年9月4日
監督:金子修介
製作:山科誠 高井英幸
プロデューサー:島谷能成 渡辺達夫 小林壽夫 山田耕大
原作:一色伸幸
脚本:一色伸幸
音楽:大谷幸
音楽プロデューサー:岩瀬政雄
・・・:「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」西城秀樹
撮影:栃原広昭
美術:山口修
照明:高柳清一
録音:林大輔
編集:冨田功
助監督:富樫森
企画制作:メリエス
出演:織田裕二 鹿賀丈史 鶴田真由 小坂一也 水野久美
アメリカンビスタ カラー 98分

冴えない男・三木靖男は、留年しながらも三流大学史学部をなんとか卒業した。就職の内定が決まった彼は、卒業旅行の行き先に憧れのチトワン王国を選んだ。チトワンは古代遺跡の宝庫だったため、考古学マニアの彼にとって夢のような国だ。チトワン王国は、タイとラオスに挟まれた小さな国で、細長い形をしていることから「アジアのバナナ」と呼ばれた。貧しいこの国は観光による収入に頼っていたが、唯一の観光資源であるホロンヌール遺跡を訪れるものは皆無に等しかった。チトワンの首都・チトワの街に足を踏み入れた靖男は、真っ先に遺跡に向かいカメラのシャッターを切り続けた。ところがどうも様子がおかしい。歌をこよなく愛するチトワンの人々は、何故か「昴」や「北酒場」を歌っていた。人通りの多い街には日本語が氾濫し、店には日本人のアイドル歌手のカセットテープが所狭しと並べられていた。この国のレスラーが日本に渡り、関取になったのがきっかけで「ニホンブーム」が到来したのだ。

靖男が困っているところへ怪しげな日本人が現れた。その男は桃山百夫と名乗るブローカーだった。ブローカーというと聞こえがいいが、日本に来る出稼ぎ女性を斡旋していたのだ。桃山は、靖男に儲け話を切り出した。「外タレにならないか?」。靖男はきっぱりと断ったが、桃山に催眠術を掛けられてしまったのだ。数日後、正気に戻った靖男は自分の姿を見て愕然とした。スパンコールとフリルが付いたド派手な衣装にケバいメイク、そしていつのまにか彼の名前が「一発太郎」となっていたのだ。話が違うと泣き叫ぶ靖男だったが、桃山にマリファナとウォッカで強制的にハイにさせられ、無理矢理テレビの生放送のステージ立たされた。「ペッパー警部」の演奏が始まると、子供のときに夢見たスターになりたいという願望が甦り、ノリノリで歌い切ってしまった。その後、彼は激しい羞恥心に襲われ泣きじゃくったが、予想以上の反響が彼を待ち構えていたのだ。テレビ局は一局しかないため、たちまち「一発太郎」の名前と顔は全国に知れ渡った。こうして新たなアイドル・スターは誕生した。

屋台的映画館

続 忍びの者

  • posted at:2006-07-15
  • written by:砂月(すなつき)
ぞくしのびのもの
大映(京都撮影所)
配給:大映
製作年:1963年
公開日:1963年8月10日 併映「座頭市兇状旅」
監督:山本薩夫
製作:永田雅一
企画:伊藤武郎
原作:村山知義
脚本:高岩肇
撮影:武田千吉郎
音楽:渡辺宙明
録音:大角正夫
照明:山下礼二郎
美術:内藤昭
編集:宮田味津三
装置:川口隆
擬斗:楠本栄一
音響効果:倉島暢
助監督:鍋井敏宏
製作主任:小沢宏
出演:市川雷蔵 山村聡 藤村志保 坪内ミキ子 城健三朗
シネマスコープ モノクロ 93分

天正九年九月、織田信長は大軍を率いて伊賀を奇襲し、忍者の組織は壊滅した。天正十年、忍者の恐ろしさを知る信長は守り本尊である敢國神社を封じ込めて息の根を止めようとしたが、先回りをしていた伊賀忍者の残党たちに襲われた。織田信雄らの活躍で逃げ延びた信長は、城下に忍者の死体を磔にして晒した。そして在処を知らせた者には賞金を出すと通達した。

百地三太夫に操られた挙句、信長の追っ手から命を狙われることになった石川五右衛門は山奥で妻マキと静かに暮らしていたが、忍者狩りに居場所を嗅ぎ付けられ愛児吾平を失った。悲しみに暮れる五右衛門は、マキの故郷である紀州雑賀に妻と逃れ、百姓として身を隠した。そして鈴木孫一を頭とする雑賀党に参加し、党員たちに忍術を伝授した。孫一は、打倒信長に燃える五右衛門を機会は必ず来ると言って抑え続けた。海運が古くから行われている雑賀の里は種子島との間でも取引が行われていた。そしてついに梵天丸が到着し、港に鉄砲が運ばれて来たのだった。

里を散歩する五右衛門の前に突如現れたのは、徳川家康の隠密服部半蔵だった。伊賀を捨てて家康に仕官した者の話など聞きたくはないと五右衛門は吐き捨てたが、半蔵は構わずに話し始めた。信長は武田軍を滅ぼし、残党が逃げ込んだ恵林寺を取り囲んだ。快川和尚が他の僧と山門に逃げ込んだことを知った信長は火を掛けよと命じたのだ。それを聞いた明智光秀は寛大な計らいをと願い出たが、それが信長の逆鱗に触れた。光秀は追放され、恵林寺は快川和尚とともに火に包まれたのだった。信長を仕留める手立てはあるのかと五右衛門が聞くと、半蔵はあると頷いた。光秀は文武に優れ誠実一途だが、口下手で世辞追従など言える人物ではなかった。気紛れで天性の我侭者である信長とはうまく行くはずがなく、その二人の食い違いに拍車を掛けたのが羽柴秀吉だった。秀吉は常に信長の心中を読み取り先手を取って動き回った。いくら温厚冷静な光秀でも内心にはただならぬ波風が騒いでいるに相違ないと考えた半蔵は、その波風を嵐にまで掻き立てればいいと五右衛門に提案した。そうすれば自らの手を汚さずに目的を果たすことが出来るからだ。半蔵は既にくの一のタマメを安土城内に入り込ませていた。信長は甲州からの凱旋の際、駿河に立ち寄ることになっていたが、それは家康に己の威風を誇示するためであることは明白だった。最後まで話を聞いた五右衛門は静かに考え込んだ。

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