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ファンシイダンス

  • posted at:2010-09-07
  • written by:砂月(すなつき)
ふぁんしいだんす
大映
配給:大映
製作年:1989年
公開日:1989年12月23日
監督:周防正行
製作:山本洋
製作補:島田開
プロデューサー:桝井省志
原作:岡野玲子
脚本:周防正行
撮影:長田勇市
音楽:周防義和
音楽プロデューサー:石黒典生
主題歌:「恋に落ちたら」プリンセス・プリンセス
美術:大橋実
照明:長田達也
録音:米山靖
編集:菊池純一
記録:甲斐哲子
助監督:松本泰生
プロデューサー補:南里幸
製作担当:森賢正
製作協力:大映映像
出演:本木雅弘 鈴木保奈美 大沢健 彦摩呂 田口浩正
スタンダード カラー 101分

大学4年生の塩野陽平は自由気ままな大学生活を送り、ライブハウスでロックバンドのリードボーカルとして活動していたが、寺の跡取りという宿命には逆らえなかった。仲間たちによって剃髪された陽平は、恋人の真朱を残して一年間の修行に出ることになった。だが北陸地方にある浮雲山明軽寺に向かう列車の中で同じ雲水(修行僧)の格好をした弟の郁生と出会ったことで複雑な気持ちになった。心と体が弱い弟のことを思って寺を継ぐ決心をしたのに・・・。「お前が跡を継ぐんなら俺は坊主になんかならなかったんだ」。陽平が本音をこぼすと、僕はお父さんのように養子に行くから、お寺は兄ちゃんの物なので安心しなよと郁生の気楽な返事。逆に心配になり、そうまでして坊主になりたいのかよと聞くと、郁生はにこやかに笑いながら「父さん見てると楽勝だなって感じだもん」と言った。全てが父・厳生の策略だとわかると、陽平は運命を受け入れることにした。そして東京にいる真朱に向かい、一年後の再会を楽しみにお互い精進しましょうと願った。

陽平と郁生は道中で合流した笹木英峻とともに寺の門をくぐったが、まず最初にやってきた難関は古参の北川光輝だった。光輝は陽平たちの挨拶を聞こえねえと一蹴し、遅れてやってきた信田珍来に対しては御山に何しにきたのかわからねえのなら入れるわけにはいかねえと追い返したのだ。何とか入ることが出来た3人だったが、陽平は荷物の中にウォークマンを入れていたことで、郁生は神社の御守りを入れていたことでこっぴどく叱られたのだった。その夜、母親に無理矢理連れてこられた珍来が加わり、4人の新しい生活が始まった。

上山を許された雲水はまず旦過寮に入り、ここで修行生活の基本を叩き込まれる。基本中の基本とは午後9時に寝て午前3時に起きることだ。彼らは1週間ただひたすら座り続け、座禅から解放されるのは三度の食事と朝の回廊掃除、そして便所へ行く時だけだった。食事は持鉢に口をつけてはならず、姿勢を正した上に音を立ててはならなかった。朝はお粥にごま塩、昼と夜は麦飯に一汁一菜と決まっていたため、例え作法に慣れたとしてもひもじさに変わりはなかった。1週間の旦過寮詰を終えると陽平たちはようやく入門を許され、僧堂へ入堂することになった。いわゆる起きて半畳寝て一畳の生活である。寺の内部は組織立っていて、僧一人ひとりに公務が与えられる。修行僧とはいえ寺の運営の一端を担っている。そしてその公務は時々変わるが、どのような仕事でも黙々とこなさなければならないのだ。陽平に与えられたのは鐘撞だったが、お寺には様々な種類の鳴らし物があり、その鳴らす順序や数は目的によって全て決められていた。朝の鳴らし物だけで17種類もあるのだ。この一つひとつに撞き方、鳴らし方、服装の決まりからタイミングまで700年以上も前に定められた掟があるのだ。陽平はこの全てを丸暗記しなければならなかったが、それは朝だけでなく昼も夜もだった。ある夜、うっかりして算盤を蹴飛ばした陽平は、まさか数えながら聞いてている暇な奴なんていないよなと思った。ところが光輝はしっかりとチェックしていたのだ。警策で打たれた陽平は東司の掃除を命じられた。

屋台的映画館
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ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

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