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温泉ポン引女中

  • posted at:2010-07-17
  • written by:砂月(すなつき)
おんせんぽんびきじょちゅう
東映(京都撮影所)
配給:東映
製作年:1969年
公開日:1969年6月27日 併映「やくざ刑罰史 私刑」
監督:荒井美三雄
企画:岡田茂 天尾完次
脚本:松本功 鳥居元宏
撮影:吉田貞次
照明:北口光三郎
録音:荒川輝彦
美術:鈴木孝俊
音楽:八木正生
編集:神田忠男
助監督:清水彰
記録:塚越恵江
装置:谷内喜造
装飾:宮川俊夫
美粧:久斗敏厚
結髪:横田三佳代
衣裳:豊中健
擬斗:土井淳之祐
進行主任:武久芳三
協力:南紀白浜温泉 ホテルニュー白浜
主題歌:「女ひとりのブルース」津島波子
出演:橘ますみ 岡田真澄 葵三津子 林真一郎 片山由美子
アメリカンビスタ カラー 87分

南紀白浜の温泉旅館「望海楼」にオスマン白井商事の社員を乗せた送迎バスが到着した。女中頭の川崎イク代はお抱えのポン引き女中をうまく回して対応した。望海楼にはヌードスタジオの併設やブルーフィルムの実演もしており、彼女はその後の対応もしっかりと管理していたことから、ルポライターの山之辺太一は週刊誌の「全国穴場温泉めぐり」で強く推していた。それは16歳でこの旅館にきたイク代を女将の高橋はるが徹底的に仕込んだからだった。評判は上々で客足はうなぎ上りだったが、その状況に渋い顔をしていたのは温泉組合だった。組合長はこの地を新婚旅行のメッカとしてのイメージアップに努めてきたが、望海楼のおかげで「桃色温泉」の印象の方が強くなってきたことで自粛を求めてきたのだ。組合は売春防止法を尊重するが、大きなホテルが進出してくる中、老舗の小さな温泉旅館が対抗するにはお色気路線しかなかったのだ。はるの夫・徳造は組合の理事をしており、会合での話を黙って持って帰ってきたことにはるは怒り心頭だった。それを聞いたイク代は、新婚さんはともかくとして温泉場へくる客はアレが楽しみできているのだから、ちゃんと楽しませて返すことが何故いけないのかと意見した。そして女の子たちが喜んでお小遣いが稼げてお店が繁盛するなんてこんないいことはないと言い、はるも同意すると徳造は口をつぐんだ。

繁華街にキャバレー・ニューナポリが開店してから望海楼の泊り客はそっちへ流れて行った。そこの経営者は関東昇龍会の若月三郎で、客の中には太一の姿を見つけると接待漬けにした。三郎は彼を奥の座敷へ連れて行くと一戦交える姿を中継し、さらにそれをブルーフィルムの上映として温泉客から搾り取った。組の資金源に困った関東昇龍会は温泉場に目をつけ、頂上作戦で収監された会長たちが戻ってくるまでに立て直そうとしたのだ。翌日、砂浜で太一といちゃつくニューナポリのホステスを見つけたイク代は、流れ者のくせに大きな顔をするんじゃないよと啖呵を切った。そこへやってきた昇龍会のヤクザたちはイク代を担ぎ上げて海に放り込もうとしたが、それを止めたのはイク代の妹・美智子だった。中学生のときに飛び出したきり音信不通となっていた妹との再会に喜ぶイク代だったが、三郎の情婦になっていたことを知ると女将さんになんて説明すればいいんだいと嘆いた。母が亡くなった後、ふたりの面倒を見たのははるだったからだ。だが美智子の考えは違っていた。朝から晩までこき使われたせいで毎日中学を遅刻していたからだった。旅館を飛び出し東京へ向かった彼女はあることを悟った。それは貧乏人が頼れるのは自分の体だけだと。そのおかげで誰が父親かわからない子供を授かったが、自分の子に間違いなのだから立派に育ててみせると心に誓った。ひろこを育てるためだったら姉ちゃん相手だって負けないよと美智子が言うと、イク代も負けじと望海楼のお客を取り戻すついでにニューナポリのお客もごっそりといただくわと言った。

屋台的映画館
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砂月(すなつき)
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ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

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