がらすののう
「ガラスの脳」製作委員会(日活=毎日放送)
配給:日活
製作年:2000年
公開日:2000年1月29日
監督:中田秀夫
製作総指揮:中村雅哉
企画:明石知幸
プロデューサー:椋樹弘尚 大澤茂樹
原作:手塚治虫
脚本:小中千昭
撮影:林淳一郎
音楽プロデューサー:長岡和弘
音楽:川井憲次
主題歌:「DOOR」石井聖子
挿入歌:「ひとつぶの涙」シモンズ
美術:斎藤岩男
照明:豊見山明長
録音:北村峰晴
ビジュアルエフェクト:松本肇
衣裳デザイン:宮本まさ江
記録:竹田宏子
助監督:久保朝洋
製作担当:金子哲男
企画協力:手塚プロダクション
製作協力:日活撮影所
出演:小原裕貴 後藤理沙 榎本孝明 林知花 河合美智子
アメリカンビスタ カラー 100分
1954年3月13日、富士ノ原に旅客機・りゅうせい号が墜落した。この惨劇で多数の乗客たちが命を落とす中、妊娠9ヶ月の身重な体だった飯田昌子だけが生存していた。彼女は直ちに救助され市立武蔵原病院に搬送されたが、お腹の子供を出産すると息を引き取った。家族はこの奇跡を不幸中の幸いと喜んでいたが、女の子は生まれてから2週間が過ぎても目を覚まさなかった。父親の肇は懸賞金を出して治療法を募集し娘の意識を回復させようと試みたが、願いは叶わなかった。
1961年3月25日、喘息が悪化して入院していた長沢雄一は興味本位に院内を歩き回っていた。彼はやがて突き当たりの部屋にたどり着いた。そこは開かずの部屋と呼ばれる特別室だった。ベッドの上には、自分と同じくらいの年の女の子が天使のような優しい表情で眠り続けていた。そこへやってきた若い看護師の福原みつは、その女の子=由美が生まれたときからねむり姫のように眠り続けていることを話した。雄一は院内にある児童遊戯室へ行き、シャルル・ペローの童話「ねむりひめ」を読んで見ることにした。「王子様のくちづけで、お姫様は目を覚ましました」。再び開かずの部屋へ向かった雄一は、ベッドの脇に立つと由美の顔を覗き込んだ。そして「目を覚まして。僕が王子様だよ」とつぶやくと彼女の唇にキスした。だが何も起きなかった。「僕が王子様じゃないから?」。雄一はガッカリした。退院の日を迎えたが、雄一の頭の中は由美のことでいっぱいだった。その後も彼は学校が終わると毎日のように病院を訪れては由美にキスした。ある日、いつものようにキスをして帰ろうとした雄一に声を掛けたのは、担当医の斐川広明だった。彼は由美が生まれた頃から担当を受け持ち、現在まで治療のためにあらゆる手段を尽くしてきたのだ。「君は誰に祈ってくちづけをしていたんだ」と斐川は言った。そして「残酷な運命をこの子に与えた神に祈るのか」と強い口調で言うと、口篭っていた雄一は部屋を飛び出して行った。それ以来、彼は病院に近付かなくなった。
1972年2月14日、代表委員会をさぼって帰宅した雄一はテレビのスイッチを入れた。ワイドショーでは昭和のニュースを取り上げていたが、それは1954年に起きた旅客機墜落事故だった。自分が高校生になった今でも由美が眠り続けていることを知った雄一は、居ても立ってもいられず病院に向かった。病室の前に立った雄一は気持ちを落ち着かせてから扉を開けた。目の前には、あのときのよう眠っているが美しく成長した由美の姿があった。顔を近づけようとすると、大きな声で怒鳴ったのは看護師長だった。いくら説明しようとしても彼女は耳を貸さなかった。雄一がガッカリして病院を後にしようとしたとき、病室から出てきた斐川と目が合った。彼は院長になっていた。その日以来、雄一は由美のことが忘れられなくなり、授業が終わると彼女のもとに掛け付けた。そして「目を覚まして。僕は王子様だよ」とキスをした。再び病院通いを始めて2ヶ月が過ぎようとしていた4月13日、友人たちのいたずらで雄一は初めて恋愛を意識した相手である溝口恵子とキスをした。その夜、雄一は様々なことで思い悩み、嵐にも関わらず家を飛び出したのだった。病院に辿りついた午前0時前、雄一は由美に長い、長いキスをした。だがそれでも彼女はいつもと変わらなかった。雄一が肩を落として病室を去ろうとしたそのとき、由美の口から小さな声が漏れた。
屋台的映画館
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