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暴力教室

  • posted at:2014-05-25
  • written by:砂月(すなつき)
ぼうりょくきょうしつ
東映(東京撮影所)
配給:東映
製作年:1976年
公開日:1976年7月1日 併映「暴走の季節」
監督:岡本明久
企画:安斉昭夫 坂上順
脚本:神波史男 奥山貞行 岡本明久 福湯通夫
撮影:中島芳男
音楽:菊池俊輔
挿入歌:「恋のテディーボーイ」クールス
美術:中村修一郎
録音:長井修堂
照明:川崎保之丞
編集:田中修
記録:山内康代
助監督:福湯通夫
擬斗:日尾孝司
スチール:藤井善男
進行主任:松本可則
装置:安沢重治
装飾:田島俊英
美粧:入江荘二
美容:石川靖江
衣裳:河合敬一
演技事務:石原啓二
現像:東映化学
出演:松田優作 舘ひろし 南条弘二 山本由香利 安西マリア
アメリカンビスタ カラー 85分

名門校の私立愛徳学園高校は一流大学への高い進学率を誇っていた。文武両道を掲げるこの学園では生徒たちの行動を厳しく管理していたが、それに歯向かっていたのが落ちこぼれの不良グループだった。学園側はそのような生徒を3年C組に押し込み、他の生徒に悪影響を与えないように努めていた。だが数々の事件を起こすことで大量の退学者が出ることを恐れた石黒源之助理事長は、難波周太郎校長と協議した。その結果、溝口勝利を適任者であると判断し担任として迎えることになった。学園に赴任してきた溝口が自己紹介をし黒板に名前を書いていると、顔の横にナイフが突き刺さった。彼はそのナイフを抜くと「どうもありがとう」と呟いた。そして投げ返すとグループのリーダーである喜多条仁の机に命中した。それは溝口流の挨拶だった。

保健体育の教師である溝口は、最初の授業で郊外でのランニングを行った。喜多条たちは遠回りをしてサボったが、行動を見抜いていた溝口は校門で待ち構え、彼らにグランドを十周走るように命じた。その後も喜多条たちが騒ぎを起こすと決まって溝口は現れた。溝口への怒りをバイクで晴らして帰宅した喜多条だったが、いつもは何も言わない父親に説教をされた。溝口が家にやって来て、学校で起こったことを洗いざらい喋ったというのだ。父親に殴られた喜多条は、自室に篭るとナイフを手に取ると壁に貼られた家族写真に投げつけた。切っ先は父親の喉元を貫いていた。

授業中に数学教師の坂本昭三郎から注意を受けた喜多条たちは、授業が終わると憂さ晴らしにディスコへ向かった。そこには女友達が連れてきた理事長の娘・石黒ますみの姿があった。源之助は中学から大学まで一貫教育が出来る学園を作り上げようと考え移転計画を進めていたが、その際に4億円の利鞘が発生することになっていた。その話を自宅で偶然耳にしたますみは、父親のことが信じられなくなり非行に走ったのだ。グループの辻伸吾は彼女にシンナーを覚えさせ、処女を奪った。その様子を撮影した写真が石黒邸に送りつけられたことから、学園の名誉に傷がつくことを恐れた源之助は、溝口にネガを取り戻すように命じたのだった。喜多条たちがたむろする倉庫に現れた溝口は、単刀直入にネガを渡せと言った。生徒たちに殴られながらも無抵抗を貫く溝口だったが、そのうちの一発に思わず反応してしまった。立ち尽くす溝口に、喜多条はおもしろくなってきたなと言うとネガを渡した。翌日、校舎の屋上に溝口を呼び出した喜多条は、古い新聞を突きつけた。強烈なパンチを持つ溝口は将来を有望視されたボクサーだったが、大学対抗ボクシング選手権で相手選手が死んだことをきっかけにリングを去ったのだった。

屋台的映画館
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