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女医の診察室

  • posted at:2005-10-27
  • written by:砂月(すなつき)
じょいのしんさつしつ
新東宝
配給:新東宝
製作年:1950年
公開日:1950年4月19日
監督:吉村廉
製作:瀧村和男
原作:常安田鶴子
脚色:小國英雄
撮影:三村明
音楽:斉藤一郎
録音:村山絢二
照明:大沼正喜
美術:安倍輝明
編集:笠間秀敏
助監督:小森白
現像:東洋現像所
合成撮影:天羽四郎
製作主任:服部仙太郎
出演:上原謙 原節子 風見章子 中北千枝子 津山路子
スタンダードサイズ モノクロ 86分

聖ペテロ施療病院に勤務する産婦人科部長の田島文子は、若くて美しく人望があり患者からも信頼されていた。ある日、学位論文を取るために無理をしていた黒川光子医師が倒れた。6年前の自分の姿を重ねた文子は同じ失敗をさせたくないと思っていた。無理が崇り、彼女は心臓病を患ったのだ。そこで根岸珠江医師と常本かづ子医師に協力を願い出て、光子の仕事の一部を分担することにした。光子はそんなことは出来ないと断わったが、遊んでいようと寝ていようと磨り減って行く命なのだから、あなたの学位論文の完成に役立てることが美しい命の使い方だと思っていると言った。

病院に二人の医学博士が赴任して来た。一人は内科部長の野間亀太郎、そしてもう一人は顧問の川村信吉だった。一同の前で文子は信吉に初めましてと挨拶したが、彼は文子のかつて恋人だった。文子の父は、貧しい農家で育った新吉を十一歳のときに引き取り、大学を卒業するまで我が子同様に育てた。信吉の卒業成績が悪いことに腹を立て婚約を破棄した文子は、自身の勉強に没頭し学位を取ったのだが、それは愛する信吉を発奮させるための彼女なりの手段だった。その後、信吉は心臓では日本有数の医師となり、春の学会の研究発表ではストレプトマイシンの心臓に関する毒性についての研究が評判を呼んだ。

光子はついに主論文と参考論文を完成させた。それを受け取った文子は図書室で調べ物をしながら読もうとしたが、そこで信吉と鉢合わせした。彼がこの病院を選んだ理由は、研究室を完備し十分に研究する時間が取れるからだった。信吉は、私がいることで不快の念を与えるのであれば一日の早く退くと言った。だが文子はそんなことを気にしていない素振りを見せた。信吉が狭心症の研究を行っていることに興味を抱いた文子は、今までのわだかまりがなかったように話し続けた。彼女も自身の病気のために仕事の合間を縫って心臓についての勉強を積み重ねていたのだ。気が付くと夜が明け、朝を知らせる鐘が鳴っていた。部屋を出た文子が廊下を歩いていると、向こうから男の子が走って来た。男の子は文子を呼び止めると、お父さんは何処にいるのか知らないかと聞いた。彼の名前は川村信夫。信吉の一人息子だった。若かった信吉は文子の言葉を真に受け、別の女性との結婚に踏み切ったのだ。

屋台的映画館
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砂月(すなつき)
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ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

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