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くノ一化粧

  • posted at:2014-08-20
  • written by:砂月(すなつき)
くのいちけしょう
東映(京都撮影所)
配給:東映
製作年:1964年
公開日:1964年12月12日 併映「幕末残酷物語」
監督:中島貞夫
企画:小倉浩一郎 折茂武雅
原作:山田風太郎
脚本:倉本總 中島貞夫 金子武郎
撮影:赤松滋
照明:和多田弘
録音:藤本尚武
美術:吉村晟
音楽:山本直純
編集:神田忠男
助監督:富田義治
記録:墨はつ子
装置:温井弘司
装飾:柴田澄臣
美粧:佐々木義一
結髪:白鳥里子
衣裳:三上剛
擬斗:上野隆三
制作主任:田村守
出演:西村晃 小沢昭一 春川ますみ 三島ゆり子 緑魔子
シネマスコープ カラー 90分

老中・松平伊豆守信綱は由比正雪の動きを早くから察知し、忍者・服部半助に身辺を探らせていた。慶安三年正月、半助は鈴に関する情報を信綱に伝えた。大坂城落城の際に、軍用金がいずこかへ隠された。その場所を解く鍵を握っているのが、九州・長崎で存命していることがわかった天姫他五人の大友くノ一だった。彼女たちの胎内には豊臣の秘宝を守る六個の鈴が受け継がれており、正雪と手を組み自ら鈴を差し出せば数億とも言われる軍用金が幕府転覆の資金となることは明らかだった。既にそのうちの一つが正雪の手にあることから、信綱は全ての鈴を強奪せよと半助に命じた。半助は天草扇千代を首領とする伊賀忍者の鍔隠れ六人衆を呼び寄せ長崎へ向かわせた。

将軍・徳川家康は幕府の基礎を固めるために武断政治を行い、幕府に逆らう大名などに対して容赦なく改易、厳封の処罰を行った。三代将軍・家光の頃になると、取り潰された藩が多くなったことで浪人が巷にあふれていた。その中には御政道に否定的な者が少なくなく、また生活苦から盗賊や追剥に身を落とす者もいることが大きな社会問題となっていた。さらに寛永の大飢饉などが追い打ちをかけたことで社会不安は一気に爆発した。その頃、正雪が開く軍学塾の張孔堂には幕府に不満を持った浪人たちが集まるようになっていた。正雪は丸橋忠弥らとともに幕府転覆計画を着々と進めていたが、明年正月まで待てという指示に血気盛んな塾生たちは異議を早口で捲し立てた。すると正雪は、ゆっくりした口調でそれまで待てば千万の味方を得られると言い、懐から一つの鈴を取り出した。

天姫は五人のくノ一を集め、徳川転覆の時が来たことを告げた。決行の期日を決めたのは彼女で、江戸表の正雪にお篠の鈴を手付けに渡して彼らの決意を試したのだった。たとえ様々な危険が起こったとしても、代々受け継いできた使命を一年間守り通すのだと命じた。

長崎の色町・丸山で遊女が三人の武士に絡まれていた。手討ちにすると武士たちが息巻いていると、何処からか流れてきた琴の音色に促されるように刀を降ろした。その主は大友くノ一の一人、お志乃だった。町を探索していた鍔隠れの篝火兵部はそれを大友忍法夢幻琴の音と見破り決闘を申し込んだ。兵部は琴の音に対抗して伊賀忍法春雨傘を繰り出した。お志乃は身悶えして彼の懐に飛び込むと、忍法蜜霞を使って羽虫を呼び寄せ襲わせた。次に現れたのは天草扇千代だった。お志乃は琴の絃を相手の首に巻きつけて葬り去ろうとしたが、扇千代は忍法山彦で応酬した。彼女は扇千代の数倍の苦痛を受け息絶えた。

屋台的映画館
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砂月(すなつき)
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