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完全な遊戯

  • posted at:2006-05-20
  • written by:砂月(すなつき)
かんぜんなゆうぎ
日活
配給:日活
製作年:1958年
公開日:1958年11月11日 併映「東京午前三時」
監督:舛田利雄
企画:高木雅行
原作:石原慎太郎
脚本:白坂依志夫
撮影:横山実
音楽:河辺公一 真鍋理一郎
照明:高島正博
録音:神谷正和
美術:坂口武玄
編集:辻井正則
助監督:河辺和夫
製作主任:中井景
出演:小林旭 芦川いづみ 葉山良二 白木マリ 岡田眞澄
シネマスコープ モノクロ 93分

裕福な家庭に育った東京学院大学経済学部4年の大木壮二は、学生たちが就職難であえぐ中でも親のコネを使って就職先を決めていた。卒業までの退屈な時間を持て余す彼の周りには、遊び仲間の戸田、秋谷、沖津の三人がいつもいた。四人の話題はいつも「何かうまい金儲けの話は無いか」だった。以前、谷の父親が経営する会社が仕入れたジャガーが売れず音を上げていることを知った壮二は同じクラスの光田を脅して父親に買わせたのだ。壮二、谷、秋谷、沖津の四人は利益分の200万円を四等分し箱根と熱海で豪遊したのだった。戸田は、うまく行けばちょっとした小遣いになるぜと切り出した。彼の儲け話とは「競輪」だった。戸田は川崎競輪場の車券の締切時間と吉祥寺にあるノミ屋(私設の投票所)の締切時間に早くて5分程の時差が発生することを知っていた。選手がゴールするとノミ屋の仲間が競輪場から電話で吉祥寺に結果を知らせるのだが、川崎からは直通の電話が掛からないことでズレが生じた。出来るだけ客を引き付けて上がりを多くしたいノミ屋はそれを利用して締切後も車券を売っていたのだ。つまりレース結果をノミ屋よりも早く手に入れた人物が券を買うことが出来れば、儲かることは間違いなかった。

ノミ屋で車券を買い占める役には戸田が、見知らぬ素振りで情報を仕入れる役は壮二と秋谷が担当することになった。連絡役は沖津だったが、混んでいる場合を想定すると電話で連絡する係とスタンドから知らせる係が必要なことがわかった。富田を引き入れれば数だけは揃うが、問題は難しいレース結果を掲示が出る前に正確に判定することが出来るかだった。そこで戸田は、競輪で身代を潰したような玄人を使うことを提案した。実行は最後日の最終レースと決め、翌日にロケハンを行うことにした。通話時間をあらかじめ電話局に指定する定時通話サービスを使えば優先的に繋いでくれるが、場内の電話はノミ屋と鉢合わせする可能性があるため使えなかった。そこで近所のテニスコートにある売店を利用することにした。競輪場と売店までの連絡手段は手旗信号で補うことになった。そして場内にいた競輪の虫・源造に声を掛け、前金2千円、当日4千円で着順を読む仕事を任せることにした。富田が加わり、ノミ屋の正面にあるデパートの定時通話も利用を可能にしたことで、後は当日を待つだけになった。

本番当日、源造は第5レースで沖津が持つ疑いを晴らした。そしてついに最終レースが始まり、結果は写真判定に持ち込まれた。沖津は源造が言った「1-6」を信じて富田に信号を送り、富田はそれを秋谷に電話で伝えた。秋谷はノミ屋に駆け込み、壮二に彼女の名前を使った暗号で伝えると、それを聞いた戸田が「1-6」で勝負に出た。結果は「1-6」、戸田は34万円の配当金を手にするはずだった。だがノミ屋を仕切る松居鉄太郎は金を用意していなかったのだ。虎吉親分の取り計らいで戸田はひとまず20万円を受け取り、鉄太郎は証文を書いて残額を支払うと約束した。だが鉄太郎はいつまで経っても払おうとしなかったため、業を煮やした壮二たちは彼の妹・京子を誘拐することにした。

屋台的映画館
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砂月(すなつき)
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