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八つ墓村(1996年)

  • posted at:2010-01-15
  • written by:砂月(すなつき)
やつはかむら
フジテレビジョン=角川書店=東宝
配給:東宝
製作年:1996年
公開日:1996年10月26日
監督:市川崑
製作:村上光一 桃原用昇 堀内實三
企画:重村一 川合多喜夫 高井英幸
エグゼクティブプロデューサー:久板順一朗 大和正隆 橋本幸治
プロデューサー:松下千秋 大川裕 島谷能成
プロデューサー補:保原賢一郎 関口明美 有正真一郎
原作:横溝正史
脚本:大藪郁子 市川崑
撮影:五十畑幸勇
音楽プロデューサー:岩瀬政雄
音楽:谷川賢作
主題歌:「青空に問いかけて」小室等
美術:櫻木晶
照明:下村一夫
録音:斉藤禎一
調音:大橋鉄矢
編集:長田千鶴子
記録:小山三樹子
助監督:手塚昌明
製作担当者:徳増俊郎
製作:東宝映画
出演:豊川悦司 浅野ゆう子 高橋和也 喜多嶋舞 萬田久子
アメリカンビスタ カラー 127分

昭和24年、神戸。21歳のときに戦地へ赴いた寺田辰弥は、復員したのち友人から紹介されたヨツワ石鹸の工場で働いていた。ある日、車坂社長からラジオで人捜しをしていることを聞いた辰弥は、諏訪法律事務所を訪ねることにした。 鶴子の連れ子だと辰弥が知ったのは母が亡くなる前後の7歳の頃だった。彼は神戸大空襲で養父の虎造を亡くして以来、天涯孤独の生活を送っていた。諏訪弁護士は辰弥に裸になって欲しいと言った。捜している人物の背中には、余人には真似のできない目印があるというのだ。シャツを脱いだ辰弥が後ろを向くと、背中には大きな火傷の痕があった。それを見た依頼者・井川丑松の表情が和らいだ。辰弥が田治見家の子孫であることが証明されたのだ。丑松は母・鶴子の父で、田治見家の依頼で彼を迎えに来たのだった。辰弥と面会した丑松は村を飛び出した鶴子の面影を懐かしんでいたが、突然苦しみ出し絶命した。辰弥と諏訪は警察で取調べを受けたが、嫌疑を晴らしたのは八つ墓村からやってきたもう一人の遣い・森美也子だった。母の里を一度見てみたいと考えていた辰弥は美也子とともに八つ墓村へ行くことに決めたが、直前に受け取った差出人不明の手紙のことが頭から離れなかった。そこには、村に近づけば26年前の大惨事が繰り返されると書いてあった。

八つ墓村は岡山と鳥取の県境にあり、田治見家は400年前から村の長を務める資産家だった。辰弥の父・田治見要蔵が26年前に亡くなり長男の久弥が後を継いだが、肺を患って寝たきりとなった。そのため要蔵の伯母で一卵性双生児の小竹と小梅が代わりに取り仕切っていた。 屋敷では血縁者たちが辰弥が来るのを待っていた。久弥の妹・春代は辰弥の腹違いの姉で、一度結婚したものの何故か戻ってきた。海軍の士官だった里村慎太郎と妹の典子は里村家の養子になった要蔵の弟・要二の遺児だった。村で唯一の医者である久野恒実は要蔵の下の弟で、その隣には洪禅和尚が座っていた。この家では伯母の言うことは絶対で、田治見家の嫡流が絶えることを恐れた二人が辰弥の捜索を命じたのだ。 辰弥が与えられた部屋に案内されたとき、庭に現れたのは濃茶の尼という老婆だった。濃茶の尼は彼に近づくと、お前が来ると村はまた血で汚れると叫んだ。そして、怒った八つ墓明神が一番目の生贄としたのが丑松で、今に八人の死人が出ると警告した。

明け方、一人の男が八つ墓村に辿りついた。野暮ったい男の名は金田一耕助、辰弥の身を案じた諏訪に依頼された探偵だった。金田一が泊まる宿屋を兼ねた郵便局に駆け込んできた徳之助は、局長のひでに久弥が毒殺されたことを知らせた。それを聞いた金田一は一目散に宿を飛び出して行った。

屋台的映画館
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