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がんばっていきまっしょい

  • posted at:2005-08-09
  • written by:砂月(すなつき)
がんばっていきまっしょい
フジテレビジョン=ポニーキャニオン=アルタミラピクチャーズ
配給:東映
製作年:1998年
公開日:1998年10月10日
監督:磯村一路
製作:周防正行 桝井省志 宅間秋史
エクゼクティブプロデューサー:久板順一朗 田中迪 松下千秋 武政克彦 小形雄二
ラインプロデューサー:佐々木芳野
アソシエイトプロデューサー:関口大輔
原作:敷村良子
脚本:磯村一路
撮影監督:長田勇市
美術:磯田典宏
音楽:Lee-tzsche with penguins
テーマ曲:「Ogiyodiora」Lee-tzsche
エンディング曲:「Desert」Lee-tzsche
音楽監督:竹田元
音楽プロデューサー:和田維純 岩崎淳
照明:豊見山明長
録音:郡弘道
編集:菊池純一
助監督:七字幸久
製作担当:濱岡貴史
製作管理:小室巴都衣
企画制作:アルタミラピクチャーズ
出演:田中麗奈 真野きりな 清水真実 葵若菜 久積絵夢
アメリカンビスタ カラー 120分

1998年、かつて伊予東高校ボート部の艇庫として使われていた建物は廃墟と化し、取り壊しを待つばかりとなっていた。部室として使われていた部屋の壁には、五人の少女たちの写真が飾られていた。

1976年、春。篠村悦子=悦ネエは東校に入学したものの、目標を見出せずにいた。ただ、彼女には一つだけ興味を持っていることあった。悦ネエは落ち込むと海岸へ行き、ボート部の練習を見て勇気をもらった。それ以来、ボート部に入りたいと思っていたのだ。部活の代表者は、給食の時間を使って新入部員の勧誘を行っていた。ある日、教室にボート部のキャプテン・安田俊二がやってきた。悦ネエは入部を志願したが、東校には女子ボート部がなかったのだ。落胆して帰宅した悦ネエは、風呂の中で考えていた。どうしてもボート部への思いを捨てきれない彼女は、なければ作ったらいいという結論に至った。翌日、悦ネエはボート部顧問の先生に直訴した。ところが県の高校女子はナックル・フォアという競技が主流で、五人のメンバーが必要だった。メンバーが揃ったら創部を考えるという先生に対し、悦ネエは女子ボート部がなければ人が集まらないと主張して無理矢理、創部を許可させた。女子ボート部は出来たものの、部員はいつまで経っても集まらなかった。そこで安田は、悦ネエを男子と一緒に練習させることにした。

夏休みに入り、ボート部は合宿を行うことになった。悦ネエは、新人戦のある10月までという条件で中崎敦子=ヒメ、矢野利絵=リー、菊池多恵子=ダッコ、中浦真由美=イモッチの四人を集め、顧問は6月で引退した3年生の安田が務めた。1年生の新入部員たちは誰ひとりとしてボート経験がなく、漕ぎ方どころかボートを海へ運び出すことさえ一苦労だった。

五人は夏合宿を経て新人戦当日を迎えた。予選は伊予東、前浜、新治の三校で行われた。彼女たちは一校くらいには勝てるのではないかと甘い考えを抱いていたが、ひと月以上に及ぶ合宿の成果は表れず、予選で惨敗した。そして続く敗者復活戦にも惨敗し、実力の差を思い知らされた。
新人戦終了後、悦ネエは自分のわがままに付き合ってくれた四人に感謝の言葉をかけた。ところがヒメたちは負けたことが悔しくて明日からまた練習を再開するというのだ。イモッチはやっとつらい特訓から開放されると考えていたが、しぶしぶついて行くことになった。悦ネエはみんなの気持ちがうれしかった。シーズンはオフを迎え、ボートは艇庫に格納された。

屋台的映画館
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プロフィール

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砂月(すなつき)
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ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

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