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人形佐七捕物帖 妖艶六死美人

  • posted at:2009-11-15
  • written by:砂月(すなつき)
にんぎょうさしちとりものちょうようえんろくしびじん
新東宝
配給:新東宝
製作年:1956年
公開日:1956年12月11日
監督:中川信夫
製作:笠根壮介
企画:金田光夫
原作:横溝正史
脚本:赤坂長義
撮影:平野好美
照明:秋山清幸
録音:根岸寿夫
美術:岩武仙史
音楽:渡辺宙明
編集:後藤敏男
助監督:石川義寛
特殊技術:新東宝特殊技術
製作主任:鈴木義久
出演:若山富三郎 日比野恵子 宇治みさ子 市川小太夫 天知茂
スタンダード モノクロ 76分

江戸一番の才人と評判の高い似顔絵師・空来山人は、昔なじみの茨木屋鵬斎が開いた宴席で渾身の屏風絵を披露したが、絵の主人公である風流六歌仙の小唄師匠・花乃屋小扇、女俳諧師・葛野蝶雨、芸者・柳橋お駒、踊りの師匠・松葉家花奴、女歌舞伎・桜田春太夫の六人は不満を漏らした。そして作者本人の目の前で酷評すると絵を次々と傷つけて行った。あまりの仕打ちに空来山人は怒り狂ったが、鵬斎はその場を収めようと努め彼に酒を勧めた。自尊心を傷つけられた空来山人は、帰り道の橋に差し掛かると一人娘のお京が止めるのも聞かずに川に身を投げたのだった。

空来山人の死から一年後、鵬斎は風流六歌仙を使って江戸中をあっと言わせる趣向を思いついた。それは絵師が描いた似顔絵を六歌仙それぞれの背中に刺青させ、鳩の足につけたそれと同じ似顔絵を七日目の月見の晩までに手に入れた者には一枚につき十両、六枚全てを集めた者には百両の褒美を出すというものだった。彼はそのお披露目の場を屋形船で行い、勘定奉行・荻原備前守と娘の菊姫を屋形船に招いた。鵬斎の一人息子・世之介は空来山人が亡くなる前からお京のことを気に掛けていたが、鵬斎は菊姫との縁談を望んでいた。そこで彼は大きな催しを行うことで財力を誇示し、その場を使って披露することで両家の結びつきを深めようとした。趣向の噂を聞いて大騒ぎしていた辰五郎と豆六は、親分で八百八町切っての目明し・人形佐七にそのことを話したが、彼は関心を寄せなかった。

宴を終えた夜、春乃屋から聞こえていた三味線の音がぷっつりと途切れた。小扇が何者かに殺されたのだ。彼女の傍らには蝶雨の似顔絵が置かれ、端には「次は蝶雨」と書き込まれていた。翌日、その話は本人の耳に入った。鵬斎は句会を開き、小扇は浮気者だったから恨みを買ったのだろうが、わしがついているのだから心配ないと言って五人を慰めた。句会を抜け出した世之介は船着場でお京と会っていた。菊姫の悪い噂を聞かされたという彼女の話に世之介は本当だと答えた。菊姫の振舞に手を焼いていた世之介は、いくら親の勧めだとしても縁談を進めることが出来なかった。その度にお京のことが思い出されるのだ。その思いはお京も同じで、添い遂げることが出来なければ死ぬと言った。春太夫は用心棒に浪人の浅香啓之助を雇っていた。句会を終え屋敷から出てきた蝶雨は二人が帰る様子を羨ましげに眺めていた。恐ろしくてとても一人では帰れないという彼女の呟きを聞いたお駒は、帰り道が同じ方角だから途中まで送って行くと約束した。二人の身には何も起こらず、蝶雨は屋敷の近くでお駒と別れた。蝶雨が小路に入って行ったそのとき、辺りに悲鳴が響いた。

屋台的映画館
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砂月(すなつき)
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