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幽霊男

  • posted at:2008-06-15
  • written by:砂月(すなつき)
ゆうれいおとこ
東宝
配給:東宝
製作年:1954年
公開日:1954年10月13日 併映「快傑鷹 第二篇 奔流怒濤の巻」
監督:小田基義
製作:瀧村和男
原作:横溝正史
脚色:沢村勉
撮影:山田一夫
美術:北川惠司
音楽:紙恭輔
照明:横井總一
録音:宮崎正信
編集:岩下廣一
監督助手:丸林久信
現像:東宝現像所
製作担当者:森本朴
出演:河津清三郎 田中春男 岡譲司 三條美紀 藤木悠
スタンダード モノクロ 72分

東京・神田神保町の裏通りにあるモデル仲介業・共栄芸術クラブに一人の男が現れた。コートに身を包んだ長髪の客は、黒眼鏡を掛けベレー帽を被っていた。男が差し出した名刺には「佐川幽霊男」と書かれてあったが、経営者の広田圭三はそんな名前の洋画家を知らなかった。しかし紹介者が上得意である医学博士・加納三作であることから断ることが出来なかった。男は五人のモデル、宮川美津子、都築貞子、小林恵子、西村鮎子、武智マリの中から恵子を指名し契約すると、即金で支払い店を出て行った。広田が経営するこの店は、画家や素人写真家にヌードモデルを紹介することを正業としていたが、金と暇を持て余した常連客たちが集まりいつしか猟奇倶楽部という同好会を結成した。彼らは世間で起きた猟奇的な出来事を酒を飲みながら語らうのだ。猟奇倶楽部には加納と元大学教授・菊地陽介、新聞記者・建部健三が所属していた。

貞子はある新聞記事が気になっていた。加納精神病院から患者の津村一彦が看護士の隙を見て脱走したのだ。不気味な男の正体がその患者ではないかと考えていた貞子は、恵子が西荻窪のアトリエへ行こうとするのを止めさせようとしたが、彼女はそれを頑なに拒んだ。恵子は生活に困っていた。その夜、店にやって来た加納はモデルが一人いないことに気付いた。広田は、加納が紹介した客のところへ行ったと説明したが、彼は「佐川幽霊男」という名前に聞き覚えがなかった。心配になった加納たちは、皆で恵子を探しに行くことにした。アトリエには人影がなかったが、恵子が着ていた服が脱ぎ捨てられていた。そしてその奥には真っ赤な血に染まったバスタブに浮かぶ恵子の死体があった。翌日、警視庁の等々力警部は加納を呼び出し事情を聞いた。病院から脱走した津村は特殊な画風であることから「吸血画家」と揶揄されていた。津村は以前、猟奇倶楽部に所属していたことから、等々力は彼が今回の事件に何らかの関わりを持っているのではないかと考えていた。加納は一同を店の一室に集め、幽霊男と猟奇倶楽部が無関係であることを力説した。そのとき、どこからか男の声が聞こえた。カーテンの裏側にテープレコーダーが置かれていたが、それは幽霊男の仕業だった。第一幕が終了し、二幕目の準備ができたというメッセージを聞いた加納は、警察へ通報した。

山田太郎という人物と契約していた美津子は、菊地と、幽霊男に姉を殺された浩吉に守られて青山のアトリエに向かった。ところがタクシーの中で三人は薬を嗅がされ眠ってしまった。停車したタクシーの中で眠りから覚めた浩吉は美津子を探した。そして辿りついた家の中を覗くと、美津子と顔を包帯で覆った男が向かい合っていた。美津子は、どうせ死ぬなら包帯の下の顔を見たいと懇願した。男は帽子と黒眼鏡を外すと包帯を緩め始めた。

数日後、伊豆百花園ホテルで共栄芸術クラブ主催のヌード撮影会が行われた。夕食の時間になっても戻ってこない貞子を心配した鮎子は彼女を探しに行った。鮎子の悲鳴に驚いた加納たちが駆け寄ると、枯れ草の中から人の下半身が突き出し、池には貞子の死体があった。その様子を熱心にカメラに納める男がいた。男は金田一耕助と名乗った。

屋台的映画館
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ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

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