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デッドボール

  • posted at:2015-12-18
  • written by:砂月(すなつき)
でっどぼーる
日活
配給:日活
製作年:2010年
公開日:2011年8月13日
監督:山口雄大
製作:杉原晃史
プロデューサー:千葉善紀 鳥澤晋
ラインプロデューサー:橋本淳司
ポストプロダクションプロデューサー:篠田学
脚本:戸梶圭太
潤色:山口雄大
撮影:岡雅一
照明:松本憲人
録音:久連石由文
美術:福田宣
衣裳:宮本まさ江
編集:堀善介
助監督:落合崇
制作担当:高橋潤
特殊造型・特殊メイク:西村喜廣 百武朋
アクション監督:下村勇二
VFXスーパーバイザー:鹿角剛司
音楽:森野宣彦
エンディングテーマ:「ONE NIGHT SYNDROME」ピアノゾンビ
制作:パイプライン
出演:坂口拓 星野真里 蜷川みほ 須賀貴匡 ペ・ジョンミョン
アメリカンビスタ カラー 99分

小学生のときに野原で父親とキャッチボールをしていた野球ジュウベエは思い切り投げて見ろと言われたためその通りにした。ジュウベエが投げた球はあまりにも凄まじく、捕れなかった父親の頭を打ち砕いたのだった。この事故がきっかけとなって一家は離散。ジュウベエは野球を捨て非行に走った。それから数年後、2週間で54件にも及ぶ凶悪犯罪で指名手配されていた彼は逮捕されたが、犯罪史上最も凶悪な少年を法の手が届かない悪人たちに正義の鉄槌を下した英雄として崇拝する者たちもいた。この時ジュウベエは17歳。処分が決まるまで栃木県の矯正施設に送られたが、そこで待っていたのは県知事の三船だった。三船はジュウベエに自由になりたくないかと言った。

ジュウベエが自由を掴む方法、それは鳥竜矯正学院高校の野球部に入ることだった。その学校の校長の石原黒伐は少年院野球の全国大会「非行甲子園」運営委員会の理事長だったが、人種差別差別主義者であることを三船は問題視していた。石原の祖父は第二次世界大戦でドイツのユダヤ人絶滅作戦に日本特使として参加し大いに貢献した。そのような家系の人間が野球を通じて非行少年を更生させるという綺麗事に裏があるのではないかと三船は考えていたのだ。

入学早々、ジュウベエは校長室に呼び出された。石原は彼のことを徹底的に調べており、野球部に入らなければこの部屋から出ることは出来ないぞと脅した。ドイツで格闘技を習得したボディーガード、そしてしつこく攻撃してくる石原を撃退し、自分の部屋に戻ると入り口に「ルームメイトを返して欲しければグラウンドに来い」という貼り紙があった。いつも身の回りの世話をしてくれる鈴木新之助のことが心配になったジュウベエがグラウンドへ行くと新之助は隅で吊るされていた。弱い者いじめが大嫌いなジュウベエは自ら補習を行うという教師のイルザ・ツヴァイに宣戦布告した。拾ったボールを剛速球を投げつけるとツヴァイはそれを素手でいとも簡単に弾き返した。そのボールは新之助の方へ向かってきたが、死を覚悟し久しぶりに食べたチョコの感動を思い出したことで大量の鼻血が噴き出し、進路が変わってツヴァイを直撃した。足元に転がった血染めのボールを拾い上げたジュウベエの脳裏に、忘れ掛けていた弟のムサシが起こした事件の記憶が甦った。

屋台的映画館
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砂月(すなつき)
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ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

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