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フレフレ少女

  • posted at:2012-07-28
  • written by:砂月(すなつき)
ふれふれしょうじょ
「フレフレ少女」製作委員会(テレビ朝日=松竹=バップ=電通=レプロエンタテインメント=衛星劇場=集英社=日販=メ~テレ=九州朝日放送=北海道テレビ=静岡朝日テレビ=リトルモア)
配給:松竹
製作年:2008年
公開日:2008年10月11日
監督:渡辺謙作
企画:亀山慶二
エグゼクティブプロデューサー:梅澤道彦
プロデューサー:桑田潔 八木征志
プロダクションプロデューサー:孫家邦 菊地美世志 笹井和也
ラインプロデューサー:土井智生
脚本:橋本裕志
音楽:上田禎
主題歌:「夏のかけら」Aqua Timez
撮影:藤澤順一
照明:上田なりゆき
美術:花谷秀文
録音:柿澤潔
編集:日下部元孝
助監督:大津是
製作担当:松井嚆矢
演技事務:山仲浩充
製作プロダクション:リトルモア リトルメイカーズ
出演:新垣結衣 永山絢斗 柄本時生 斎藤嘉樹 染谷将太
アメリカンビスタ カラー 114分

桜が散ったその日、櫻木高校二年生の百山桃子は図書室から借りた百冊目のさくら文庫を読んでいた。現実よりも小説の中の恋に夢中だった桃子はその日も本を読みながら下校していたが、空想の世界に浸る彼女の耳に危ないと叫ぶ声が届くはずもなかった。グランドから飛び出た野球のボールは桃子の額に直撃した。それは彼女の人生を変える大事件だった。

桃子は保健室のベッドで目覚めた。意識を失った彼女を優しく介抱したのは野球部の投手・大島秀樹だった。秀樹は暴投が当たってしまったことを何度も頭を下げて詫びたが、桃子はその誠実な態度に一目惚れした。小説の中の登場人物と現実のイメージが重なり合ったことで彼女の胸は高鳴っていた。秀樹は一年生ながらプロのスカウトが狙うほどの逸材で、当然のことながら学校にはライバルがたくさんいた。そこで桃子は想いを込めて書いたラブレターを彼の靴箱に入れようとしたが、それを見ていたのは親友の美紀と由貴だった。二人の出会いは偶然のデッドボール、恋文で恋が始まりお守りが二人の距離を縮めて卒業式には制服の第二ボタンを貰って…という桃子の淡い思いは、そんなベタなことあるわけないじゃんという由貴の言葉で打ち砕かれた。美紀は私ならマネージャーになると言ったが、桃子にはどうしていいかわからなかった。そのとき、天からの声が彼女を激励した。校舎の屋上から聞こえてきたのは「我々はどんな困難にも諦めず立ち向かわねばならない」という応援団の訓示だった。天の声に従うことにした桃子は、眼鏡をコンタクトレンズに変え、ラブレターを秀樹の靴箱に突っ込み、勇気を出して野球部へマネージャーの申し込みに行ったが、枠がいっぱいだという理由で断わられてしまった。

落ち込む桃子の耳に「もう諦めるしかないんです」と叫ぶ声が飛び込んで来た。それは天の声=応援団団長・山本龍太郎と顧問を務める大門教諭との会話だった。龍太郎は一週間、団員の勧誘を行ったが入部するものはなく、このままでは廃部になってしまうというのだ。応援団に入れば秀樹を独占的に応援できる、そう考えた桃子は早速入部届けを持って部室を訪れた。入部は許可されたが問題はそれで済まなかった。高校野球の大会で応援をするには団長、副団長、参謀、旗手長、鼓手長の5人が最低でも必要だった。そこで桃子は本の知識を利用して、龍太郎とともに勧誘活動を始めた。桃子は「強くて凛々しくてストイックでいつもみんなを応援してくれるそんな頼もしい男を女子が放っておくはずがない」とウエイトリフティング部で、「どんな素晴らしい名曲よりも心に響く叫びがある。人生を揺るがす言葉がある」と吹奏楽部で、「あなたの励ましが友に勇気を与え、友の頑張りがあなたに元気を返してくれる」と合唱部で説き、女の子にもてたい大坪泰平、金髪でパンク好きの遠藤譲二、音痴な田村晃の三人を入部させることに成功した。翌日の練習試合に向け団長を決めることになったが、「二番手向きの家系」という理由で龍太郎が副団長に退き、桃子が団長に任命された。

櫻木高と対戦する不知火学園高校は10年連続で甲子園に出場する強豪校だったが、応援団も全国レベルの実力を持っていた。一方、練習も出来ていない数合わせだけの応援団にまともな応援が出来るはずがなかった。秀樹は3失点の好投を見せたものの、攻撃陣は味方の酷い応援にリズムを崩され無得点に終わった。相手の団長からは試合後のエール交換を断わられ、秀樹からは来ないで欲しいと言われた。頭にきた譲二はお前たちが弱いから負けたんだと言い返したが、それをきっかけにして秀樹は不知火に転校した。この騒動で再び解散の危機に立たされた応援団の部室にやって来たのは、応援団OBでかつて第23代団長を務めた柳原源蔵だった。源蔵は自己紹介を早々に終わらせると応援団恒例ゴールデンウィーク合宿の日程表を配り始めた。海、山、そして恋、しかも費用はOB持ちという甘い言葉と、我々OBとともに応援団を立て直そうじゃないかという源蔵の熱意に負けて桃子たちは合宿に参加することにした。だが合宿所の櫻照寺で待っていたのはコワモテの中年男4人と鬼の形相の源蔵だった。

屋台的映画館
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風速40米

  • posted at:2012-05-24
  • written by:砂月(すなつき)
ふうそくよんじゅうめーとる
日活
配給:日活
製作年:1958年
公開日:1958年8月12日 併映「星は何でも知っている」
監督:蔵原惟繕
製作:水の江滝子
原作:松浦健郎
脚本:松浦健郎
撮影:横山実
音楽:佐藤勝
主題歌:「風速40米」石原裕次郎
挿入歌:「山から来た男」石原裕次郎
美術:松山崇
照明:藤森甲
録音:福島信雅
編集:辻井正則
助監督:野村孝
製作主任:亀井欽一
技斗:峰三平
出演:石原裕次郎 北原三枝 川地民夫 金子信雄 宇野重吉
シネマスコープ カラー 97分

北アルプスの登山中に突然の嵐に見舞われた滝今日子は登山仲間とともに山小屋へ避難したが、そこにはごろつきの学生たちがたむろしていた。早く濡れた体を乾かさなければ風邪をひいてしまうと着替えをする彼女たちを冷やかす男たち。するとうるさいぞと怒鳴る声が室内に響いた。だが構わずに騒ぎ続けたことから二人の男がベッドから起き上がった。北海道大学工学部建築科四年の滝颯夫と後輩の根津四郎は男たちを叩きのめすと、嵐が去ったことを確認して外に放り出した。そして挨拶も程々に自分たちも山小屋を後にした。名前を聞き忘れたことに気付いた今日子たちは着替えを済ませると後を追いかけたが、颯夫たちに追いつくことは出来なかった。

一年ぶりに故郷へ戻ってきた颯夫は、父・敬次郎が馬越工務店の技師長として働く新東都ビルの工事現場に顔を出した。話題は就職試験のことになり、敬次郎はライバル会社である和泉建設に願書を提出したことを伝えた。父親の背中を見て育った颯夫にとって敬次郎と同じ会社で働くことは夢だった。だが息子を思う敬次郎は大会社への就職を薦めたのだった。すると二人が話す目の前で現場監督の土門技師が転落死した。

今日子が自宅に戻ると誰もいないはずの風呂場に人影があった。父親かと思い声を掛けたが、戻ってきた返事は若い男の声。驚いた今日子はベランダから大声を出して助けを呼んだ。すると自転車でパトロール中の警官が通りかかったため呼び止めたのだった。帰宅した母親の政江は慌てふためく警官と今日子に説明をした。あれは新しいお兄さんだと。敬次郎は数ヶ月前に再婚し、妻となった政江の連れ子が今日子だった。彼女と颯夫は北アルプスで既に顔を合わせていたのだ。

和泉建設の入社試験の日、朝刊には前日の事故のことが大きく報じられていたが、警察は現場の状況から事故と事件の両面で捜査していた。優秀な技師を失ったことで工事に影響が出ることを心配する颯夫は、試験に受からなくても親父の会社で働けばいいと言った。だが敬次郎は私の会社は駄目だと言ってあるじゃないかと念を押した。そう言われても彼には和泉建設で働く気などないため試験会場への足取りが重かった。するとバス停で四郎と偶然出会い、彼の姉でシャンソン歌手の踏絵が帰って来ることを聞いたことで羽田空港へついて行くことにした。颯夫にとって暇つぶしをするための口実が出来たのだ。

屋台的映画館

プライド in ブルー

  • posted at:2011-11-04
  • written by:砂月(すなつき)
ぷらいどいんぶるー
バイオタイド=パンドラ
配給:パンドラ
製作年:2007年
公開日:2007年7月14日
監督:中村和彦
製作:松井建始 中野理恵
プロデューサー:太田裕輝 鈴木政信
アシスタントプロデューサー:中田真也子
製作アシスタント:中村クミ枝
音楽:HΛL
エンディングテーマ:「翼」KΛNΛ
音楽協力:スマイルカンパニー ヘキサゴン
撮影:比留川伸 中村和彦
撮影(日本のみ):遠藤一彰
撮影(ドイツのみ):月村圭
VE:玉手久也
通訳:村瀬靖昌
編集:矢船陽介 藤掛順子
整音:ヒガ・アーツ&メタル株式会社
現像:株式会社ヨコシネディアイエー
製作協力:コダイ 東京シネ・ビデオ
ナレーター:寺田農
アメリカンビスタ カラー 84分 

2006年6月、FIFAワールドカップがドイツで開催され、日本代表チームは3大会連続で出場を果たした。そして8月、同じドイツの地でもうひとつのワールドカップ「INAS-FID(国際知的障害者スポーツ連盟)サッカー世界選手権」が開催された。知的障害者のサッカー世界一を決めるこの大会は、1994年にオランダで初めて開催された。その後、第3回大会以降はワールドカップ開催国で行われることが決まり、2002年は本大会閉幕後の日本で開催された。日本チームは2002年大会から正式参加し、4回目を迎える2006年ドイツ大会では、20人の代表選手が選出された。

No.1 加藤隆生(GK)
No.2 宮原優樹 
No.3 斎藤秀平
No.4 若林弥
No.5 黒木勝
No.6 中山身強
No.7 浦川優樹
No.8 金指雅巳
No.9 邊田光夫 
No.10 野沢雄太
No.11 長島幸佑
No.12 高野孝一
No.13 斎藤友宏
No.14 出雲井恭兵
No.15 小西一義
No.16 飯室省吾
No.17 松本裕一(GK)
No.18 菱木一大
No.19 原田裕一
No.20 高橋祐貴

秋田大学教育文化学部附属養護学校に通う加藤隆生選手は、静岡県・御殿場で行われた日本代表候補のトレーニングキャンプに参加した。彼は2002年にワールドカップが日本で開催されたときにもうひとつのワールドカップがあることを知った。それまでは自分に自信が持てなかったが、夢に向かって挑戦することに決めたのだ。日本ハンディキャップサッカー連盟(JHFA)のゴールキーパーコーチ・柳沢繁は、初めて加藤選手を見たとき通常の高校生よりもレベルが高いことに驚いたのだった。足りない部分を強化し、今ある技術をより伸ばしていけば日本のゴールを安心して任せられると考えていた。

2006年8月23日から三日間、ドイツ出発前の最終調整であるJHFAの成田合宿が行われた。小澤通晴監督のもとに集まった選手たちは皆、様々な事情を抱えていた。だが彼らの心は、日本代表として誇りを持って世界と戦うという目標に向かって一つになっていた。

屋台的映画館

  • posted at:2011-03-09
  • written by:砂月(すなつき)

PARCO
配給:PARCO
製作年:1995年
公開日:1995年6月20日
監督:山崎幹夫
製作:伊東準一 根占克治
プロデューサー:西村隆 山崎陽一
脚本:山崎幹夫
撮影:圖書紀芳
音楽:勝井祐二
美術:上野茂都
照明:黒橋隆成 岩崎豊
録音:川嶋一義 菊池信之
助監督:森崎偏陸
編集:吉田博
記録:天池芳美
出演:佐藤浩市 平常 荒井紀人 緒川たまき 田口トモロヲ
アメリカンビスタ カラー 92分

北太平洋の西に連なる列島。その最北端にある島の奥深い山の中に、「プ」族と呼ばれる人々が住む「プの里」があった。キショウレは、息子のパクチョンを連れて生まれ故郷に帰ってきた。

パクチョンはキショウレが世界各地を放浪していたときに生まれた子供だった。二人はいつもの様に当てのない旅を続けていたが、パクチョンの耳に突然メッセージが飛び込んできた。「海の仲間よ。氷の大地の仲間よ。離れて生きる全ての仲間よ。聞こえますか?聞こえますか?」。パクチョンは、メッセージの発信源である「プの里」に行きたいとキショウレに言った。里の人々は、キショウレの姿を見るや否や一目散に逃げ出した。若かりし頃のキショウレは手を付けられないほどの乱暴者だった。その様子を見るに見かねた長老・ウジャキ婆さんは、ドラゴンに変身すると呪文を唱えた。するとキショウレは、地球の裏側まで吹っ飛ばされた。

「プの里」ではスーパーリゾート・ワッショイ健康ランドの建設計画が進行していた。多くの人々は仕事を求めて島を去り、これといった産業の無い島は寂れて行った。青年団長のツバサは、妻のヒロミと相談した。里を立て直し、自立するにはどうすればいいか・・・。その話に興味を示した「ワ」の国のアカツカサンジとサケノウミの親子は、テーマパークの建設構想を持ち掛けてきた。テーマパークが成功すれば「プの里」に観光客を集まり、民族の歴史と誇りを取り戻せると考えたツバサは、里の人々に協力を求めた。アカツカが恐れていたのは、キショウレの存在だった。「ワ」の人間に嫌悪するレイヴンはこのテーマパーク建設に反対を唱えていたが、もしそれにキショウレが加担することになれば計画が頓挫する可能性があったからだ。アカツカは、里の土地を安く買い叩こうとしていた。

キショウレは胡散臭い儀式を行い、ウジャキ婆さんと20年前に行った谷に「プ」族伝来の秘宝があることをご先祖様が教えてくれたと人々に話した。もしその宝が見つかれば、「プの里」の救世主となることは間違いなかった。里はにわかに慌ただしくなった。

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風速七十五米

  • posted at:2008-11-16
  • written by:砂月(すなつき)
ふうそくななじゅうごめーとる
大映(東京撮影所)
配給:大映
製作年:1963年
公開日:1963年7月13日 併映「雑兵物語」
監督:田中重雄
企画:原田光夫
脚本:高岩肇 田口耕三
撮影:高橋通夫
音楽:木下忠司
録音:西井憲一
照明:田熊源太郎
美術:柴田篤二
編集:中静達治
助監督:瀬川正雄
製作主任:大岡弘光
特殊撮影
撮影:築地米三郎
照明:木村辰五郎
美術:三上陸男
助監督:中村大十郎
進行:川村清
出演:田宮二郎 叶順子 宇津井健 高松英郎 北原義郎
シネマスコープ モノクロ 88分

東海地方の取材先で風速50メートル級の台風に遭った新聞記者の田村信一郎はその恐ろしさを身を持って体験した。もしそれを上回る規模の台風が東京を直撃することになれば、高層ビルの屋上に無秩序に張り出すネオンや広告塔は忽ち狂気と化して人々に降りかかって来ることだろう。熱弁を振るったことで、田村はデスクから取材の許可を得た。

栄養剤バイタリンを主力商品とする東西製薬は、創業30周年を記念して銀座にネオン塔を建設した。その工事に携わったのは、田村の同級生・丸山照子の父・高造が経営する丸高組だった。田村は照子と高造に挨拶するために落成式へ顔を出したが、何かと言えば広告物を非難する「台風記者」を歓迎する者は二人以外には見当たらなかった。式典後、設計士の山口と現場監督の浅沼は小料理屋に出掛けた。酒が入って上機嫌になった山口は、帰り際にもう一度見たくなったと言って浅沼をネオンの眺めがいいところへ連れて行った。ところがネオンは爆破され、暗闇から出て来た男と揉み合いになった山口は拳銃で左腕を撃たれたのだった。ネオン塔の構築入札は東京の丸高組と名古屋の遠道興行が最後まで争った。遠道興行の社長は満州帰りのヤクザで、あくどい利便工作を行ったが実らなかった。丸高組が今回の仕事で名を上げたことは事実であり、それを妬んだ遠道が破壊工作を行ったのではないかというのが記者たちの専らの噂だった。翌日、犯人が乗り捨てた車が甲府駅付近で発見され、浅間温泉で逮捕された。だが田村は、それは「トカゲの尻尾切り」だと考えていた。

丸高組は一年間の保証をしており、期日までに壊れたネオン塔の修繕をしなければならなかった。その費用は5千万とも言われ、高造は会社を倒産させる覚悟で再建を始めたのだった。それを快く思っていないのは遠道だった。東京へ進出する足掛かりを丸高組にことごとく邪魔され、時には合併話を持ち掛けたがそれも反故にされた。手段を選ばない遠道は部下に命じてネオン塔を破壊させたがそれでも丸高組の息の根を止めることは出来なかったのだ。そこで遠道は次なる手段に出た。照子は大学時代の親友である木谷と7年ぶりの再会を果たした。昔話に花を咲かせるうちに二人の間は急速に近付いて行ったが、木谷が常務を務める暁産業は、遠道が強引に乗っ取った会社だった。

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