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SPACE ADVENTURE コブラ

  • posted at:2011-07-30
  • written by:砂月(すなつき)
すぺーすあどべんちゃーこぶら
東京ムービー新社
配給:東宝東和
製作年:1982年
公開日:1982年7月3日 併映「メガフォース」(7月10日より)
監督:出崎統
製作:藤岡豊 片山哲生
プロデューサー:池内辰夫
原作:寺沢武一
脚本:寺沢武一 山崎晴哉
作画監督:杉野昭夫
撮影:高橋宏固
音楽:東海林修
主題歌:「ディドリームロマンス」松崎しげる
・・・:「ステイ」EVE
美術監督:小林七郎
録音:加藤臭
編集:鶴渕允寿
助監督:竹内啓雄
製作担当:池田陽一
企画協力:光和インターナショナル
声の出演:松崎しげる 中村晃子 風吹ジュン 榊原良子 睦五郎
アメリカンビスタ カラー 99分

惑星ダグザードで宣教師ダゴバの首を獲った重犯罪者捕獲人のジェーン・フラワーは、古ぼけた酒場である男と出会った。男を無視したジェーンは、店を出るとエア・カーで保安官事務所に向かったが、エア・バイクに乗った男はその後をしつこく追いかけてきた。男はジェーンに700万ビートルの賞金首の居場所を知っていると言った。「俺の名はコブラ!史上最高の賞金首!!」。ジェーンのレーザー銃が火を噴いた。冗談にも程がある。噂では宇宙海賊コブラは2年前に死んだはずだった。もし生きていたとしても、男とは顔が違いすぎた。しかし何処か憎めないその男の魅力にジェーンは魅かれて行った。

ジェーンは男を街まで送り届け、ダゴバの首を保安官に届けた。その夜、ホテルのベッドに横たわっていたジェーンは、窓の外にいた男を見つけると部屋に招き入れた。そのとき、窓ガラスを破って入ってきたのはダゴバの首だった。首はジェーンに向かって飛んできたが、銃で撃たれると動かなくなった。彼女は、海賊ギルドが保安官に手を回し、ダゴバを利用したのではないかと考えていた。海賊ギルドとは、第七銀河最大のマフィアで、その幹部は特殊偏光ガラスの肉体を持つクリスタル・ボーイだった。部屋には、ギルドの殺人部隊が次々と侵入してきた。二人は何とかホテルを逃げ出したが、今度はエア・カーをギルドの戦闘機が追い掛けてきた。男はエア・カーの天窓を開け、その方向に仁王立ちなると左腕を向けた。左腕は銃に変化し、光線がほとばしると戦闘機は一撃で沈んだ。

左腕にサイコガンを持つ全宇宙で唯一の男、彼は本物のコブラだった。ギルドにたった一人で抵抗した男は追跡を逃れるために顔立ちだけではなく、声紋や指紋、脳波の固有サイクルに至るまで変更し、別人として潜伏していた。ジェーンはコブラの出現を待ち望んでいた。ジェーンがある星に連れて行ってほしいと頼むとコブラは断る理由が見つからないということで了承した。二人は共同墓地に足を踏み入れた。そこには彼の死を偽装した墓があった。その地下は、コブラの愛機・タートル号の秘密基地になっていたのだ。操縦席ではコブラのパートナー、アーマロイド・レディが待っていた。三人を乗せたタートル号は惑星シドへ飛び立った。刑務所として利用されている惑星シドには、ジェーンの妹・キャサリンがギルドによって捕らえられていた。

屋台的映画館
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哀しい気分でジョーク

  • posted at:2011-07-18
  • written by:砂月(すなつき)
かなしいきぶんでじょーく
松竹
配給:松竹
製作年:1985年
公開日:1985年4月26日 併映「時代屋の女房2」
監督:瀬川昌治
プロデューサー:佐々木孟
脚本:吉田剛
撮影:坂本典隆
音楽:いずみたく
主題歌:「哀しい気分でジョーク」ビートたけし&たけし軍団
美術:猪俣邦弘
録音:青木左吉
照明:八亀実
調音:小尾幸魚
技術:沼上精一
効果:高橋正雄
編集:太田和夫
助監督:福島孔道
製作担当:中沢宣明
製作主任:大堀誠
出演:ビートたけし 中井貴恵 柳沢慎吾 石倉三郎 川辺太一朗 
アメリカンビスタ カラー 108分

テレビやラジオで活躍するコメディアン・五十嵐洋は多忙な毎日を送っていた。連日朝帰りの生活を送り、家族を顧みない洋に愛想を尽かした妻は息子・健を残して逃げてしまった。現在は東京・麻布の高級マンションで息子と二人暮らしをしていたが、多忙なことを理由に面倒なことは全てマネージャーの谷善平に押し付けていた。そんな彼でも健に何かしてあげたいという気持ちはあった。いつものように朝帰りをすると健が食事の支度をしてくれたことで気を使い、洋は今日行われる父兄参観に出ると言った。善平との生活に慣れていた健が来なくていいよと言って学校に出かけようとしたそのとき、ふらついて壁にもたれたのだった。夜遊びするからだよと注意する洋に、健はパパとは違うよと言って元気に駆け出した。本来なら善平が参加する授業参観だったが、たまには父親らしさを見せようと洋はスケジュールを調整して出席した。何故なら授業のあとに親子コーラスがあるからだった。だが健には気掛かりなことがあった。いつも知らない歌を知ったかぶりして歌うからだ。いいところ見せようとしたが空回り。洋はこっそりと教室を抜け出すと次の仕事へ向かった。仕事を終えた洋に駆け寄った善平は、健が学校で倒れたことを伝えた。洋はコーラスの指揮棒を振ったことで疲れたんじゃないかと考えていたが、度々頭痛とめまいを訴えていたことで校医が病院で診察した方がいいと勧めたのだ。善平は事務所の紹介で病院へ行き脳の検査を行ったのだが、その結果について担当の医師が洋と話がしたいというのだ。

医師の診断によると健の病気は脳幹部脳腫瘍で、脳が圧迫されることで頭痛やめまいが起こるのだ。メスやレーザーを入れ辛い脳幹部の手術はとても困難であり命にかかわることから、洋は別の病院を当たるようにと言われた。そこで彼は撮影現場にプロダクションの佐川六助社長を呼び出すと、収録後に手早く話した。その内容とは、世界一うまい脳外科医を捜すこと、100万円の前借り、そして請け負う仕事は都内だけで地方と夜の仕事は一切お断りというものだった。事情を察した善平がもしやと詰め寄ると、洋は健が脳腫瘍で何もしなければ死んでしまうことを説明した。そして絶句するふたりに、健には絶対に知られないように演技しろと命じた。翌日、洋は健とともに城東大学附属病院を訪れ検査を行ったが、いい返事をもらうことが出来なかった。そこで診断書を手に伊坂脳クリニックで検査を行ったが、伊坂はここに書いてある通りだったと冷たい回答をした。そして治ることはないが薬物治療と塩分やストレスを下げることで現状維持の可能性があることを説明すると、洋は頭を下げて手術をしてくださいとお願いした。だが伊坂は成功の見込みがない手術は出来ないと断った。残された時間を親のあなたは黙って耐え、最後まで希望を失わずに充実した生活を与えてあげてくださいと言うと洋は怒って出て行ったが、伊坂はその背中に希望を失わないようにと言った。

屋台的映画館

白昼堂々

  • posted at:2011-07-08
  • written by:砂月(すなつき)
はくちゅうどうどう
松竹
配給:松竹
製作年:1968年
公開日:1968年10月26日 併映「恐喝こそわが人生」
監督:野村芳太郎
製作:杉崎重美
原作:結城昌治
脚本:野村芳太郎 吉田剛
撮影:川又昻
美術:梅田千代夫
音楽:林光
照明:三浦礼
録音:栗田周十郎
調音:松本隆司
編集:浜村義康
タイトル画:永田力
監督助手:吉田剛
装置:石渡敬之助
進行:玉生久宗
現像:東洋現像所
製作主任:吉岡博史
出演: 渥美清 倍賞千恵子 有島一郎 生田悦子 藤岡琢也
アメリカンビスタ カラー 99分

親類の葬式で福岡に来ていた富田銀三は、小倉駅でスリを働いた八百橋ユキを捕まえると連行した。警察を騙る彼の正体は、今は足を洗った伝説のスリ師「桶屋の銀」だった。手際の悪さを指摘した銀三は、ユキの親分がワタ勝だとわかると懐かしさが込み上げ、彼女を送り届けるついでに一目会うことにした。関東一円で仕事をしていた銀三だったが、六年前にスリ係の森沢刑事長に逮捕された。三年間の刑務所暮らしで悔い改めた彼はスリ稼業から足を洗い、出所後は森沢の紹介で東京・丸急デパートの保安係を務めることになったのだ。スリの手口に詳しいことと仲間が用心して寄り付かないことで犯罪の発生率が減少。給料は安いが一目置かれることでやりがいを感じていた。

ワタ勝こと渡辺勝次は七年前スリを辞め、生まれ故郷である筑豊の炭鉱で働いていたが、3年目のある日、経営者が山を叩き売って逃げた。ちょうどその頃、彼の女房は病に罹り、金に余裕がなかったために治療を受けさせることが出来ずに死んだのだった。二人が再会を喜び昔話に花を咲かせていると、野田という男が訪ねてきた。ハゲ寅こと桜岡寅次郎が梅田の曽根崎署に現行犯で捕まり弁護士を頼んで欲しいという。用件が済むと、野田は自分のこともよろしくお願いしますと頭を下げた。彼は大山組の元ヤクザだったが、組がすぐに解散したことで無職となったのだ。スリの経験はなかったが、これを機会にヤクザ界から足を洗って出直すことに決めたのだった。そこに刑事がやってきて清水豊代の所在を尋ねてきたが、知らぬ存ぜぬで追い返した。どうも長崎で容疑者となっているらしく、心配して集まってきた集落の住民に勝次はこれから物入りなるからしっかり稼いで組合費を納めてくれなければ赤字で組合は解散になるぞと発破をかけた。この集落は閉山であぶれた労働者を救うために勝次が作り上げた泥棒の協同組合だった。男はスリ、女は万引きと役割を分担し、逮捕されても生活費からの出来心として許してもらえていたが、次第に仕事に慣れてきたことで現金に手を出すようになった。品物であれば勝次が売りさばいてその中から組合費を一割天引きすることも出来たが、現金だと知らん顔されてしまう。その上に逮捕されることが多くなったことで弁護士費用などの出費が嵩み、運営が成り立たなくなってきたのだ。その話を聞いた銀三は、実入りは少ないがリスクが低い万引き一本に絞ったらどうかと提案した。例えばデパートの高級呉服の反物を二、三段引き抜いたとしても棚卸があるまで気づかれることはなく、決算で損失として処理するために足がつきにくいというデパートで働く者ならではのアイデアだった。被害者のことを心配することもないので気が楽だと銀三が言うと勝次は納得した。ひと月後、銀三は自分の目を疑った。集落の面々がデパートのフロアに押し寄せていたからだ。

屋台的映画館

幽霊男

  • posted at:2011-07-03
  • written by:砂月(すなつき)
ゆうれいおとこ
東宝
配給:東宝
製作年:1954年
公開日:1954年10月13日 併映「快傑鷹 第二篇 奔流怒濤の巻」
監督:小田基義
製作:瀧村和男
原作:横溝正史
脚色:沢村勉
撮影:山田一夫
美術:北川惠司
音楽:紙恭輔
照明:横井總一
録音:宮崎正信
編集:岩下廣一
監督助手:丸林久信
現像:東宝現像所
製作担当者:森本朴
出演:河津清三郎 田中春男 岡譲司 三條美紀 藤木悠
スタンダード モノクロ 72分

東京・神田神保町の裏通りにあるモデル仲介業・共栄芸術クラブに一人の男が現れた。コートに身を包んだ長髪の客は、黒眼鏡を掛けベレー帽を被っていた。男が差し出した名刺には「佐川幽霊男」と書かれてあったが、経営者の広田圭三はそんな名前の洋画家を知らなかった。しかし紹介者が上得意である医学博士・加納三作であることから断ることが出来なかった。男は五人のモデル、宮川美津子、都築貞子、小林恵子、西村鮎子、武智マリの中から恵子を指名し契約すると、即金で支払い店を出て行った。広田が経営するこの店は、画家や素人写真家にヌードモデルを紹介することを正業としていたが、金と暇を持て余した常連客たちが集まりいつしか猟奇倶楽部という同好会を結成した。彼らは世間で起きた猟奇的な出来事を酒を飲みながら語らうのだ。猟奇倶楽部には加納と元大学教授・菊地陽介、新聞記者・建部健三が所属していた。

貞子はある新聞記事が気になっていた。加納精神病院から患者の津村一彦が看護士の隙を見て脱走したのだ。不気味な男の正体がその患者ではないかと考えていた貞子は、恵子が西荻窪のアトリエへ行こうとするのを止めさせようとしたが、彼女はそれを頑なに拒んだ。恵子は生活に困っていた。その夜、店にやって来た加納はモデルが一人いないことに気付いた。広田は、加納が紹介した客のところへ行ったと説明したが、彼は「佐川幽霊男」という名前に聞き覚えがなかった。心配になった加納たちは、皆で恵子を探しに行くことにした。アトリエには人影がなかったが、恵子が着ていた服が脱ぎ捨てられていた。そしてその奥には真っ赤な血に染まったバスタブに浮かぶ恵子の死体があった。翌日、警視庁の等々力警部は加納を呼び出し事情を聞いた。病院から脱走した津村は特殊な画風であることから「吸血画家」と揶揄されていた。津村は以前、猟奇倶楽部に所属していたことから、等々力は彼が今回の事件に何らかの関わりを持っているのではないかと考えていた。加納は一同を店の一室に集め、幽霊男と猟奇倶楽部が無関係であることを力説した。そのとき、どこからか男の声が聞こえた。カーテンの裏側にテープレコーダーが置かれていたが、それは幽霊男の仕業だった。第一幕が終了し、二幕目の準備ができたというメッセージを聞いた加納は、警察へ通報した。

山田太郎という人物と契約していた美津子は、菊地と、幽霊男に姉を殺された浩吉に守られて青山のアトリエに向かった。ところがタクシーの中で三人は薬を嗅がされ眠ってしまった。停車したタクシーの中で眠りから覚めた浩吉は美津子を探した。そして辿りついた家の中を覗くと、美津子と顔を包帯で覆った男が向かい合っていた。美津子は、どうせ死ぬなら包帯の下の顔を見たいと懇願した。男は帽子と黒眼鏡を外すと包帯を緩め始めた。

数日後、伊豆百花園ホテルで共栄芸術クラブ主催のヌード撮影会が行われた。夕食の時間になっても戻ってこない貞子を心配した鮎子は彼女を探しに行った。鮎子の悲鳴に驚いた加納たちが駆け寄ると、枯れ草の中から人の下半身が突き出し、池には貞子の死体があった。その様子を熱心にカメラに納める男がいた。男は金田一耕助と名乗った。

屋台的映画館
すきーじゃんぷぺあろーどとぅとりのにせんろく
国際スキージャンプ・ペア連盟(東宝=エイベックス・エンタテインメント=IDIOTS)
配給:ファントム・フィルム
製作年:2006年
公開日:2006年1月28日
総監督:真鍋理一郎
監督:小林正樹
エグゼクティブプロデューサー:釜秀樹 穀田雅仁
プロデュース:川村元気
プロデューサー: 中島真理子 八幡麻衣子
アソシエイトプロデューサー:藤村恵子
ラインプロデューサー:河北穣
原案:真鍋理一郎
脚本:真鍋理一郎 小林正樹
企画:川村元気
撮影:吉田誠
VE:高橋慎吾
音楽:宮川弾
主題歌:「Morning glory」伴都美子
挿入歌:「pairs!! ~スキージャンプ・ペア2006公式応援ソング~」宮川弾プロジェクトFeat.清水ゆみ&山本領平ペア
美術:平原道夫
音響効果:井田栄司
助監督:森宏治
製作担当:新藤天朗
出演:谷原章介 志賀圭二郎 益子和浩 益子智行 船木和喜
スタンダード カラー 82分

2000年1月18日、スキージャンプ・ペアがFIJ国際スキージャンプ連盟から正式競技として認可され、2006年2月のトリノ・オリンピッグから正式採用された。この競技は一人の男の発案から始まった。スキージャンプは二人で飛べるはず。しかし、正式認可までの道のりは決して平坦なものではなかった。

1945年、札幌に生まれた原田敏文は、スキーとアインシュタインに夢中になるというわんぱくな少年時代をで過ごした。北海道工科大学に進学した原田はそのまま大学に残り、教授にまで登り詰めた。彼の専門は量子物理学、口癖は「スキージャンプは物理学で説明できる」だった。

原田と妻・絹代の間にはの二人の息子がいた。兄の昭則と弟の道則、双子だった。原田は二人の息子によくアイスを買って帰った。この「チューチューアイス」こそが世界を揺るがす大発見のきっかけだった。ある日、原田はおかしな現象に気付いた。冷凍庫の中に入れておいたアイスの中央部にくびれが出来ているのだ。そして数年後、アイスは更なる変化を遂げていた。原型をとどめない程に変形し分裂していたのだ。原田はこの不思議な自然現象の解明に没頭した。そして「チューチューアイス」の製造工場内で決定的な瞬間を目撃した。そこである仮説を立てた。氷点下で加速飛行する物体の素粒子は分裂する。原田はこれをランデブー理論(特殊飛行体分裂論)と名付けた。しかし学会からはことごとく無視された。その理論は皮肉にも家族を襲った悲劇という形で立証された。

双子の兄弟が5歳のときのクリスマス。サンタクロースからたくさんのプレゼントを貰いたいと考えた二人は、ツリーに大きな靴下を吊るした。翌朝、昭則と道則は靴下の中にスキー板が入れられていることに気付いた。昭則は父親に、スキー板は何故あんなに長いのかと質問してみた。原田は冗談交じりに、神様が二人で乗れるように長く作ったんだと答えた。その返答を真に受けた昭則と道則は、翌日学校の滑り台を使ってスキージャンプを試みた。次の瞬間、二人の体は大きく宙を舞い、遥か彼方の地面に叩きつけられた。およそ50メートル飛ばされた二人は全身を強く打ち重傷を負った。事故によってランデブー理論が正しかったことを確信した原田は、さらに研究に没頭した。

事故から10年後の1995年、マサチューセッツ大学のノーマン・ベイツ教授がランデブー理論を実験で立証した。ベイツの研究室の学生がおやつのアイスクリームと間違って実験用のマウスが入った箱を冷凍庫の中に投げ入れたことがきっかけだった。一ヵ月後、箱を開けてみるとマウスは二匹に分裂していたのだ。そこでベイツは二種類の実験を行った。冷凍庫内の加速器にマウスを固定し20日に渡って毎秒30回転で加速させた。するとマウスは分裂した。さらに風洞下では二匹のマウスの方が一匹のマウスよりも安定することを確認した。この実験から、物質は氷点下では自らを安定した状態に置くために分裂しようとすることがわかった。こうしてランデブー理論の正しさが世界に証明された。原田はすぐさまスキージャンプ・ペア実行委員会を設立したが、世間の反応は冷ややかだった。立証ではなく実証する必要があったのだ。彼は再び大きな壁にぶつかった。 

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