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トラック野郎 爆走一番星

  • posted at:2012-06-25
  • written by:砂月(すなつき)
とらっくやろうばくそういちばんぼし
東映
配給:東映
製作年:1975年
公開日:1975年12月27日 併映「けんか空手 極真無頼拳」
監督:鈴木則文
脚本:鈴木則文 澤井信一郎
企画:天尾完次 高村賢治
撮影:飯村雅彦
録音:井上賢三
照明:山口利雄
美術:桑名忠之
編集:鈴木宏始
助監督:澤井信一郎 馬場昭格
記録:山内康代
擬斗:日尾孝司
スチール:藤井善男
進行主任:志村一治
装置:畠山耕一
装飾:米沢一弘
美粧:井上守
美容:花沢久子
衣裳:内山三七子
演技事務:石原啓二
現像:東映化学
音楽:木下忠司
主題歌:「一番星ブルース」菅原文太 愛川欽也
挿入歌:「トラック・ドライビングブギ」ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
挿入歌:「残り火の恋」西来路ひろみ
企画協力:株式会社カントリー
協力:長崎・ニューホテル中央荘 長崎県真珠加工協同組合パールギャラリー ニットータイヤ デコレーション・トラックグループ哥麿会
出演:菅原文太 あべ静江 春川ますみ 加茂さくら 愛川欽也
アメリカンビスタ カラー 96分

派手な電飾で飾った二台のトラックが東京に戻ってきた。11トントラックの運転手・一番星こと星桃次郎を待ち受けていたのは、4トントラックの運転手・やもめのジョナサンこと松下金造の妻・君江だった。いつまで経っても身を固めようとしない桃次郎を気遣った君江は、見合い写真を知り合いに配っていい人を見つけてあげようと考えていた。一方、その話にまんざらではない桃次郎は男前を決め込んで写真撮影に臨んだ。星がチカチカッとするような生娘との出会いがあれば、特殊浴場通いをすっぱり止めて今にでも結婚したい。彼はそう心に決めていた。

トイレ休憩で播磨のドライブイン「おふくろ」に立ち寄った桃次郎と金造は、真っ先にトイレに駆け込んだ。だがあいにくの紙切れで、まだ用を足していない桃次郎が店に取りに行くことになった。女将の蝶子に早くしろと急かしていると、一人の女性がどうぞと紙を差し出した。その女性は高見沢瑛子という太宰治好きの女子大生で、「おふくろ」で下宿しながらウェイトレスのアルバイトをしていた。桃次郎はその人の顔を見るなり一目惚れ。鼻風邪をひいて微熱があると言ってその場をやり過ごしたが、我慢出来ずにドライブインから離れた場所で野糞した。ところがあの紙は鼻をかんで捨ててしまったため、またもや紙切れ。金造は仕方なく通行中の車輌に紙を分けてもらうことにしたが、停まったのは「おふくろ」に立ち寄る前に桃次郎が悪戯をしたバキュームカーだった。運転手の杉本千秋は、困っているときはお互い様とばかりに金造に手渡すと走り去り、金造は彼女の気風の良さに惚れ込んだ。

君江に柔順な金造は、全国各地を回っているときでも抜かりなく見合い写真を関係者に配っていた。ある日、博多の屋台でラーメンを食べているときに、桃次郎が紙をくれたあの女はどうだと突然切り出した。それを聞いた金造は驚き、彼の気持ちが本物であることを確認すると、この縁談を積極的にまとめることにした。「おふくろ」に到着すると、桃次郎の期待を背に金造は店内の入って行った。そして見合い写真を渡して出てくると、脈ありだぞと告げた。学ランの脇に太宰治全集を抱えた姿で座敷に上がり、緊張の面持ちで瑛子を待つ桃次郎。そして注文を取りにきた瑛子と噛み合わないながらも額に汗しながら話をした。瑛子がいなくなると金造はうまく行きそうだぞと桃次郎を勇気付けた。金造が手を振る先には千秋から注文を取る瑛子の姿が。二人が親しいと思い込んだ桃次郎は、千秋に仲を取り持ってもらおうと考えた。

屋台的映画館
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皆月

  • posted at:2012-06-16
  • written by:砂月(すなつき)
みなづき
日活
配給:日活
製作年:1999年
公開日:1999年10月23日
監督:望月六郎
製作総指揮:中村雅哉
企画:吉田達
プロデューサー:角田豊 半沢浩
ラインプロデューサー:新津岳人
企画協力:植木実
原作:花村萬月
脚本:荒井晴彦
音楽:千住明
テーマ曲:「早く抱いて」山崎ハコ
撮影:石井浩一
照明:櫻井雅章
録音:西岡正巳
美術:山崎輝
編集:島村泰司
スクリプター:長坂由起子
助監督:中村和彦
製作担当:黛威久
キャスティング:窪田昭子
宣伝プロデューサー:堀内啓
製作主任:小林由明
製作進行:浅井洋一
製作協力:フィルム・シティ
出演:奥田瑛二 北村一輝 吉本多香美 斉藤暁 荻野目慶子
アメリカンビスタ カラー 114分

仕事を終えた橋梁設計士の諏訪憲雄が自宅に戻ると、いつもとは違う様子に気付いた。部屋には明かりがなく、洗濯物も干したままになっていたのだ。妻・沙夜子の姿を家中捜したが何処にもいなかった。そこで憲雄は警察に捜索願いを頼もうとしたが、電話機の横に置いてあるメモ用紙に気付き止めた。メモには「みんな、月でした。がまんの限界です。さようなら」と書かれていた。彼は、もしやと思い米びつの底に隠してあったバッグを開けて見たが、中身は空っぽになっていた。そこには庭付きの一軒家が欲しいという沙夜子のために酒もタバコも止めて貯めた2000万円の通帳と印鑑が入っていたのだ。全財産を失った憲雄は、彼女の弟でヤクザ者のアキラに相談した。アキラは憲雄を慰めるために組が仕切っている新宿の風俗店へ連れて行った。

翌日、アキラの部屋で朝食を取っていた憲雄は、テレビで彼が勤める大手ゼネコンが倒産したことを知った。妻も財産も仕事も退職金も失い、おまけにアキラが勝手に借家の契約を解約して家財道具まで全て処分してしまったのだ。途方に暮れる憲雄はアキラに頼み込み、組の仕事を世話してもらった。憲雄は風俗嬢の由美に想いを寄せるようになり、店に通うようになった。由美から同棲を申し込まれた憲雄はアキラに相談するが、姉貴のことはどうするのかと聞かれると返答に困った。しばらく考えた憲雄は、沙夜子が自分を捨てたことに彼女の気持ちが現れているし、持ち逃げした財産も7年間の家事労働の対価だと思えば諦められると言った。沙夜子の相手は高岡という不始末ばかり起こす芸能人崩れのすけこましの男でアキラの兄貴分だった。一年前に知り合ったことをアキラは知っていたが、沙夜子が蒸発して高岡が姿を消したことで姉貴が浮気をしていたことを確信したのだった。同棲について、アキラは由美の本心を探ろうとした。由美にはマチ金から借りた多額の借金があることがわかったからだ。7年間暮らした女房に逃げられた48歳のパソコンオタクに風俗嬢が興味を持つということは下心があるとしか考えられなかった。アキラが憲雄の会社が倒産して退職金も出ないことを話すと由美の表情が曇った。アキラに責められ風俗嬢を辞める決心をした由美は、憲雄と穏やかな生活を始めた。

アキラが再び憲雄のアパートに現れたのは、由美がこしらえた借金の理由を聞くためだった。ギャンブル好きが原因で多額の借金にまみれ、女房、子供に逃げられた養鶏場のオーナー・荻原から2000万円を騙し取られたのだった。アキラは憲雄たちと一緒に取り立てに行ったのだが、彼は勢い余って荻原を叩き殺してしまった。

屋台的映画館

東海道四谷怪談(1959年)

  • posted at:2012-06-04
  • written by:砂月(すなつき)
とうかいどうよつやかいだん
新東宝
配給:新東宝
製作年:1959年
公開日:1959年7月1日 併映「怪談鏡ケ淵」
監督:中川信夫
製作:大蔵貢
企画:小野沢寛
原作:鶴屋南北
脚本:大貫正義 石川義寛
撮影:西本正
照明:折茂重男
録音:道源勇二
美術:黒沢治安
音楽:渡辺宙明
編集:永田紳
助監督:石川義寛
製作主任:山本喜八郎
出演:天知茂 北沢典子 若杉嘉津子 江見俊太郎 中村竜三郎
シネマスコープ カラー 75分

大寒の明けたある夜、備前・岡山の屋敷町では四谷左門と彼の友・佐藤彦兵衛が家路を急いでいた。そこに現れたのは、左門の娘・岩との仲を引き裂かれた浪人の民谷伊右衛門だった。彼は岩との復縁を認めて欲しいと願い出たが、左門は身持ちの悪い者に娘はやれないと強く断わった。隣にいた彦兵衛も、待ち伏せをして無理難題を吹っかけるのは追い剥ぎも同然だと言った。馬鹿者呼ばわりされて我慢出来なくなった伊右衛門は二人を斬った。彼はそばにいた下僕の直助にまでも手を掛けようとするが、彼が発したいい考えがあるという言葉に心が揺れた。

直助は伊右衛門と口裏を合わせて、仇は顔の真ん中に大きな刀傷があったことからしても御金蔵破りをしくじった小沢宇三郎に間違いないと言った。御上に訴え出た左門たちへの逆恨みという話をでっち上げたのだ。それを聞いた岩は、本懐を遂げるまで妹の袖との縁談を待って欲しいと彦兵衛の子息である与茂七に頼み込んだ。すると与茂七も同意した。そして岩は伊右衛門にも協力を求めると、彼は「岩殿のためなら喜んで」と言った。一行は早速、江戸へ出立した。

岡山を旅立って半年後、与茂七たちは白糸の滝近くの茶屋で休んでいた。岩はそこから半里先にある曽我兄弟の墓に参るつもりでいたが、体調が思わしくなかったため与茂七と伊右衛門、そして直助が代わりを務めることになった。与茂七が音止めの滝の雄大さに感心していたそのとき、直助は背後から斬り付けると滝壷に突き落としたのだった。二人は茶屋の岩たちに、与茂七が突然現れた宇三郎に斬られ、必死の抵抗も空しく逃げられてしまったと伝えた。伊右衛門は岩を介抱し、直助は袖とともに宇三郎の後を追い掛けることになった。袖に想いをよせる直助は二人きりになる機会を窺っていたのだ。

伊右衛門と岩との間に子供が生まれ、二人の江戸での生活は順調そうに見えた。だが仕官の口はなく、伊右衛門は傘貼り、岩は仕立て物で家計を成り立たせなくてはならなかった。岩は仇の手掛かりが掴めないことと妹の消息がわからないことに焦りを感じていた。ある日、その不安が口に出てしまい、それを聞いた伊右衛門は腹を立てて家を出て行った。一方、袖も直助と所帯を持っていた。薬を売りながら仇と姉を捜す直助が要領を得ないことに袖は苛立ちを感じていた。
伊右衛門は、娘に酌をさせなければここを通さないという侍たちから伊藤喜兵衛と梅を救った。そのお礼としてもてなしを受けた伊右衛門だったが、喜兵衛が差し出した金子をいくら浪人暮らしとは言っても武士は武士であるから受け取れないと言って断わった。その様子を見ていた梅は、伊右衛門の誠実さに惹かれて行った。

屋台的映画館

風速40米

  • posted at:2012-05-24
  • written by:砂月(すなつき)
ふうそくよんじゅうめーとる
日活
配給:日活
製作年:1958年
公開日:1958年8月12日 併映「星は何でも知っている」
監督:蔵原惟繕
製作:水の江滝子
原作:松浦健郎
脚本:松浦健郎
撮影:横山実
音楽:佐藤勝
主題歌:「風速40米」石原裕次郎
挿入歌:「山から来た男」石原裕次郎
美術:松山崇
照明:藤森甲
録音:福島信雅
編集:辻井正則
助監督:野村孝
製作主任:亀井欽一
技斗:峰三平
出演:石原裕次郎 北原三枝 川地民夫 金子信雄 宇野重吉
シネマスコープ カラー 97分

北アルプスの登山中に突然の嵐に見舞われた滝今日子は登山仲間とともに山小屋へ避難したが、そこにはごろつきの学生たちがたむろしていた。早く濡れた体を乾かさなければ風邪をひいてしまうと着替えをする彼女たちを冷やかす男たち。するとうるさいぞと怒鳴る声が室内に響いた。だが構わずに騒ぎ続けたことから二人の男がベッドから起き上がった。北海道大学工学部建築科四年の滝颯夫と後輩の根津四郎は男たちを叩きのめすと、嵐が去ったことを確認して外に放り出した。そして挨拶も程々に自分たちも山小屋を後にした。名前を聞き忘れたことに気付いた今日子たちは着替えを済ませると後を追いかけたが、颯夫たちに追いつくことは出来なかった。

一年ぶりに故郷へ戻ってきた颯夫は、父・敬次郎が馬越工務店の技師長として働く新東都ビルの工事現場に顔を出した。話題は就職試験のことになり、敬次郎はライバル会社である和泉建設に願書を提出したことを伝えた。父親の背中を見て育った颯夫にとって敬次郎と同じ会社で働くことは夢だった。だが息子を思う敬次郎は大会社への就職を薦めたのだった。すると二人が話す目の前で現場監督の土門技師が転落死した。

今日子が自宅に戻ると誰もいないはずの風呂場に人影があった。父親かと思い声を掛けたが、戻ってきた返事は若い男の声。驚いた今日子はベランダから大声を出して助けを呼んだ。すると自転車でパトロール中の警官が通りかかったため呼び止めたのだった。帰宅した母親の政江は慌てふためく警官と今日子に説明をした。あれは新しいお兄さんだと。敬次郎は数ヶ月前に再婚し、妻となった政江の連れ子が今日子だった。彼女と颯夫は北アルプスで既に顔を合わせていたのだ。

和泉建設の入社試験の日、朝刊には前日の事故のことが大きく報じられていたが、警察は現場の状況から事故と事件の両面で捜査していた。優秀な技師を失ったことで工事に影響が出ることを心配する颯夫は、試験に受からなくても親父の会社で働けばいいと言った。だが敬次郎は私の会社は駄目だと言ってあるじゃないかと念を押した。そう言われても彼には和泉建設で働く気などないため試験会場への足取りが重かった。するとバス停で四郎と偶然出会い、彼の姉でシャンソン歌手の踏絵が帰って来ることを聞いたことで羽田空港へついて行くことにした。颯夫にとって暇つぶしをするための口実が出来たのだ。

屋台的映画館

あゝ零戦

  • posted at:2012-05-13
  • written by:砂月(すなつき)
ああぜろせん
大映(東京撮影所)
配給:大映
製作年:1965年
公開日:1965年9月4日 併映「スパイ」
監督:村山三男
企画:藤井浩明
脚本:須崎勝弥
撮影:石田博
特殊技術:築地米三郎
録音:三枝康徐
照明:渡辺長治
美術:高橋康一
音楽:木下忠司
編集:鈴木東陽
助監督:菅野恒三
製作主任:沼田芳造
出演:本郷功次郎 長谷川明男 青山良彦 根上淳 二木てるみ
シネマスコープ モノクロ 87分

昭和十七年六月、東部ニューギニア・ラエ基地では、敵軍が戦闘機を集結しつつある東南端のラビ基地を叩くための作戦が練られていた。どう攻めるかという八木少佐の質問に対し、海軍航空隊長である梶大尉は進路を南に取ってスタンレー山脈を越え、ポート・モレスビーを襲うかに見せかけて背後から攻撃をした方がいいのではないかと提案した。八木はその案に賛成したが、気掛かりだったのは相手がカーチス P-40やP-38、スピットファイアを繰り出してくるのに対し、日本は零戦の一点張りだったからだ。八木は自信はどうだと隊員たちに聞くと、彼らは零戦も自分たちも今が男盛りだから大丈夫だと胸を張った。

梶隊は出撃準備を整えていたが、そこへラバウルから二機の零戦がやってきた。だがラエ指揮所
の八木に挨拶に来たのは峯岸二飛曹だけだった。新米だからという理由で着陸を待たされたことに腹を立てた指揮官の夏堀中尉は、編隊の後を追いかけて行ったのだった。梶隊は敵機と対峙したが、相手の方が高度が高いため増槽を切り離して上昇した。やがて激しい戦闘が始まり、夏堀は二機を撃墜した。梶は指揮所に戻った夏堀に、初めての空戦にも関わらず敵機を撃墜できたのはお前の腕ではなく零戦のおかげだから自惚れるなと叱った。そして「私はおっちょこちょいのトンチキ野郎の大馬鹿三吉ですが、今後ともよろしくお願い致します」と零戦に頭を下げて来いと命じた。梶隊は全機帰還を果たし、敵機を18機撃墜した。

連合軍は圧倒的な物量で南方戦線の各地に熾烈な反攻を開始した。消耗に継ぐ消耗を重ねて連日空中戦が繰り返されたが、日本軍は生産と補給がこれに伴わず、彼我の戦力の差は顕著になりつつあった。指揮所にやってきた高田参謀は、軍令部の意向を梶たちに伝えた。それは零戦を急降下爆撃機として使用することだった。元々空戦用に作られた零戦に250キロの爆弾を積めば、動きが鈍くなり航続距離は短くなる。そうなれば敵の標的になることは確実だった。梶は必死に反対したが、戦局は想像以上に悪化していた。

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