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かあちゃん

  • posted at:2006-06-07
  • written by:砂月(すなつき)
かあちゃん
「かあちゃん」製作委員会(映像京都=日活=IMAGICA=シナノ企画)
配給:東宝
製作年:2001年
公開日:2001年11月10日
監督:市川崑
製作:西岡善信 中村雅哉 長瀬文男 松村和明
プロデューサー:西村維樹 猿川直人 鶴間和夫 野口正敏
原作:山本周五郎
脚本:和田夏十 竹山洋
撮影:五十畑幸勇
音楽:宇崎竜童
編曲:中村哲
美術:西岡善信
照明:下村一夫 古川昌輝
録音:斉藤禎一
調音:大橋鉄矢
編集:長田千鶴子
監督補:小笠原佳文
製作担当:丹羽邦夫
色彩設計:谷川創平
時代考証:大石学
タイトル画:和田誠
出演:岸惠子 原田龍二 うじきつよし 勝野雅奈恵 山崎裕太
アメリカンビスタ カラー 96分

天保末期。老中・水野忠邦による改革の効果はなく、江戸下層階級の窮乏はさらに激化していた。そんな世の犠牲者である勇吉は熊五郎の家に盗みに入ったが、その家には盗むものが何一つなかった。勇吉は何やらぶつぶつと呟いていたが、主人が帰ってきたため床下へ逃げ込んだ。熊五郎は床板についた大きな足跡を見て泥棒が入ったと見当がついたが、何も盗る物がないんで哀れんだ鼠小僧が小判の一枚でも置いて行ったんじゃないかと辺りを見回した。だが何もなかった。間抜けな泥棒めと毒突いたが、いいことを思いついたとポンと手を叩いた。たな賃を集めに来た大家を誇らしげに迎えた熊五郎は、泥棒が入ったから待って欲しいと言った。たな賃どころではなかろうと心配した大家が盗られた物を品書きにして番所へ届けなくちゃならないと言うと、熊五郎の顔が青ざめた。熊五郎は届けなくてもいいと断わり続けたが、盗品が一品でも自分のものになるかも知れないとわかると一転了承した。大家が何を盗られたのかと聞くと、熊五郎は何が良うございましょうと言った。

勇吉は、二年越しでたんまりと金を貯め込み、十四日と三十日になると決まって金勘定をする家があるという噂話を飲み屋で耳にした。今日はその三十日。その晩、勇吉はおかつの家に忍び込んだ。そっと戸を開けると、誰もいないはずの部屋に気配を察したおかつが立っていた。おかつは、金を出せと凄む勇吉に、まだ若いのにどうして泥棒なんかするんだいと聞いた。すると勇吉は、働くにも仕事がないし親兄弟もない。食うことが出来ないからだと言った。おかつは、なんて世の中なんだろうと嘆いた。そして押入れから銭の詰まった木箱を取り出し、「どうしても欲しいというんならあげてもいいよ。けれどその前にこれがどんな金かってことを話すから聞いておくれ。」と勇吉に経緯を話し始めた。

三年前、おかつの長男・市太の大工仲間である源さんは、生活に困ったあげく仕事場の金を盗んで牢に入れられた。罪びとになると元の大工には戻れないことから、おかつは源さんが牢から出てきた時のために荒物屋の仕事をこしらえてやろうと家族に提案をした。新しい仕事をするためには元手が必要となるが、それを皆で稼ごうというのだ。五人の子供たちは賛成した。それからは食べる物や着る物、小遣いそして長屋の付き合いまで切り詰めて、けちんぼ一家と罵られながらも我慢した。そうやって三年掛かって元手ができた。これは明日、牢から出てくる源さんのための金だった。

おかつは、今の話を聞いても持って行くと言うなら持っておいでと木箱を差し出したが、勇吉は何も盗らずに出て行こうとした。帰るところがあるのかいと呼び止めたおかつは、当てもないのに出て行ってどうするのさと座らせ残り物のうどんをよそって食べさせた。おかつは私の言うとおりにしてるんだよと勇吉に言った。その日から勇吉は家族の一人として一緒に暮らすことになった。

屋台的映画館
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大怪獣東京に現わる

  • posted at:2006-06-02
  • written by:砂月(すなつき)
だいかいじゅうとうきょうにあらわる
吉本興業=丸紅=東急エージェンシー
配給:松竹
製作年:1998年
公開日:1998年9月26日
監督:宮坂武志
製作:木村政雄 古里靖彦 渡邊惇
プロデューサー:辻裕之
キャスティングプロデューサー:田辺博之
原案:NAKA雅MURA
脚本:NAKA雅MURA
企画:中沢敏明
企画協力:平田道弘 清水敬之
撮影:江坂正明
音楽:鈴木大介
美術:武藤順一
照明:清野俊博
編集:中村雅
録音:塩原政勝
音響効果:柴崎憲治
整音:小峰信雄
助監督:山村淳史
製作担当:八鍬敏正
製作協力:セディックインターナショナル エクセレントフィルム
出演:桃井かおり 本田博太郎  花原照子 角替和枝 西山由海
アメリカンビスタ カラー 102分

5月13日午前9時38分、東京湾有明埠頭で大規模な火災事故が発生した。その頃、福井県坂井郡三国町に住む主婦・田所君枝はテレビのワイドショーを見ながら家事をこなしていた。君枝は「不倫発覚!女優 杉田春美 年下青年実業家と熱いホテルの一夜!?」の報道に興味津々だったが、ニュース速報によって打ち切られたため洗濯に取り掛かった。朝の仕事が一段落したことで君枝は再びテレビの前に座ったが、何故か怪獣映画のような番組を放送していた。新聞のテレビ欄を確認したが、そのような番組の予定はなかった。その頃、東京では港区、品川区、目黒区、渋谷区、新宿区、千代田区、中央区に避難命令が出されていた。トカゲのような怪獣による被害は甚大だった。

大沢彦二郎は自分史「不死鳥の街に生きて」を完成させたが、怪獣が出現したことで最後の部分を書き直すことにした。印刷所に電話を掛けている彦二郎の隣では、孫娘の桂子がテレビを見ながら東京にいる恋人の安否を気遣っていた。

正午過ぎ、君枝の家に親友の森永伸子と矢野悦子が上がり込んでテレビを見ながらお茶を飲んでいた。日本に上陸した身長80メートルほどの怪獣による東京への被害は拡大していたが、彼女たちには所詮よそ事だった。ところが悦子が不安を口にした途端、部屋の雰囲気は一変した。彼女たちは銀行へ走り、スーパーへ走った。

新興宗教の信者である桜沢亮子は、これ幸いとばかりに「裁きの時、来たれり!」というビラを作成し、怪獣は最後の審判に向けて天から遣わされた使者=ビヒモスである、と触れ回った。

怪獣発生から二日目・正午過ぎ、関東から東海にかけて巨大な地震が発生し、被害は広範囲に広がった。さらに大津波が発生し、政府の要請でアメリカから派遣された航空母艦・インディペンデンスが転覆した。

三日目、新興宗教の勧誘に引っかかった浪人中の受験生・小暮隆は、亮子に言われるがままに布教活動をした。団地の郵便受けに差し込まれたビラを読み、不安に駆られた悦子は、夫とともに車で福井を離れた。

東京から来たバンド・サマータイムは、活動できない腹立たしさから福井の観光名物巡りを始めた。その頃、福岡ドーム付近に突如亀のような第二の怪獣が出現した。厄介ごとがさらに増えたことと新興宗教の影響で、三国町の人々の不安は増大した。

屋台的映画館

あの手この手(1952年)

  • posted at:2006-05-27
  • written by:砂月(すなつき)
あのてこのて
大映(京都撮影所)
配給:大映
製作年:1952年
公開日:1952年12月23日
監督:市川崑
企画:辻久一
原作:京都伸夫
脚本:和田夏十 市川崑
撮影:武田千吉郎
録音:大谷巌
音楽:黛敏郎
照明:岡本健一
美術:西岡善信
編集:宮田味津三
製作主任:竹内次郎
衣裳調達:近鉄百貨店
協力:近鉄日本鉄道
装置:吉原多助
装飾:秋山辰雄
背景:小倉清三郎
美粧:福山善也
結髪:石井ヱミ
衣裳:後藤定子
移動効果:宇野薫
スチール:斉藤勘一
助監督:多田英憲
撮影助手:青柳寿博
録音助手:林土太郎
照明助手:中岡源権
美術助手:内藤昭
記録:木村恵美
演技事務:中村元次郎
進行:吉岡徹
出演:森雅之 久我美子 堀雄二 水戸光子 伊藤雄之助
スタンダード モノクロ 92分

大阪の郊外に住む大学の万年助教授・鳥羽は、原稿を依頼されることが多くなったため、いっそ作家にでもなろうかと考えるようになった。しかし妻・近子の前で出来る話ではなかった。近子は新聞社の文化部顧問や婦人同盟の役員、さらに家庭裁判所の仕事や女学校の講師まで務めるキャリアウーマンで、そんな彼女の代役となって動いていたのが家政婦の鈴江だった。近子に頭が上がらない鳥羽は、妻に気を使いながら毎日を送っていた。ある日、全国から送られてきた相談の手紙を読む近子の部屋に入った鳥羽は、鈴江が恋心を抱く雑誌PPPグラフのカメラマン・天平が東京に出張したことを話した。そして何と言っても文化の中心は東京だねとさりげなく言うと、雑誌に寄稿した「教師と学生の昨今」の評判を口にした。それを聞いた近子はとても喜び創作活動を続けた方がいいと言った。そこで鳥羽は意を決して、原稿が忙しくなるから学校を辞めようかと思うと切り出した。しかし近子は驚かなかった。決まった勤め先があることは強みだし、先生という仕事が一番地に着いた仕事だから辞めない方がいいと言われ、出鼻をくじかれた鳥羽は引き下がるしかなかった。

翌朝5時前、鳥羽は近子に揺り起こされた。玄関のベルが何度も鳴り響いているというのだ。強盗かも知れないと身構えたが、その正体は家出して来た近子の姪・アコだった。近子は家出の理由を聞き出そうとしたが、アコはどうしても言おうとしなかった。鳥羽は、然るべき理由があるのだろうから家に置いてあげようと妻に言ったが、近子は絶対に認めないと反対した。アコは近子の姉の一人娘で養子の父親との間に生まれた。その後、姉は亡くなり祖母に育てられたのだが、わがままな性格になったのはそのせいだと近子は考えていた。

水曜日、出張する近子の代わりに鳥羽がアコを志摩へ連れて行くことになった。ところがアコに振り回されて彼は阿倍野にいた。一晩泊まったら必ず帰ると約束させた鳥羽は大学に休みの電話を入れようとしたが、学生たちがかわいそうだというアコの願いで大学へ行くことになった。講義を終えた鳥羽たちが通りを歩いていると、東京へ出張したはずの天平と出会った。編集長の気まぐれで担当が替わったのだ。行きつけのバーへ二人を連れて行った鳥羽は、教え子だった天平の愚痴やアコの家出話を聞いた。酒が進むと話題は近子のことになり、アコは鳥羽が父親と同じで奥さんにイニシアティブを取られていると言い、天平もそれに同意した。その言葉に鳥羽は奥さんなんか怖くないと反論した。入り口にいた学生の秋山まで引き連れて意気揚々と家に帰ったが、近子の顔を見た鳥羽は借りてきた猫のようになった。近子は何のためにこの家に住みたいのかとアコに尋ねると、彼女は勤めをせずに結婚を待つ訳を理路整然と語り、社会機構が男性中心であることを指摘した。近子はその主張に共感したが、人の世話が如何に大変であるかを説いた。結局、アコは志摩から迎えが来るまで鳥羽の世話をすることになった。

屋台的映画館

錆びた鎖

  • posted at:2006-05-22
  • written by:砂月(すなつき)
さびたくさり
日活
配給:日活
製作年:1960年
公開日:1960年11月12日 併映「情熱の花」
監督:斎藤武市
脚本:池田一朗 秋元隆太
企画:岩井金男
撮影:高村倉太郎
音楽:小杉太一郎
主題歌:「若さがいっぱい」赤木圭一郎
・・・:「朱い星ロック」杉山俊夫
美術:千葉一彦
照明:大西美津男
録音:古山恒夫
編集:近藤光雄
助監督:神代辰巳
色彩計測:幸田守雄
現像:東洋現像所
製作主任:松吉信幸
出演:赤木圭一郎 笹森礼子 小高雄二 白木マリ 宮城千賀子
シネマスコープ カラー 95分

長岡英二は大学の休み期間を利用して、横浜港の荷役のアルバイトをしていた。仕事を終えた英二を待っていたのは彼の兄・健一の恋人の冬木美枝だった。美枝は健一とデートの約束をしていたが、急用が入ったためすっぽかされたのだ。英二は美枝を連れて仲間たちが待つ大衆酒場へ行った。美枝は英二が美味そうに飲む焼酎に初めて挑戦し、一気にグラスを空けた。ところがそのままダウンしてしまい、英二は彼女を自分の家まで担いで帰る羽目になった。その頃、英二の家は大変な事態に陥っていた。父・康三郎が社長を務める長岡企業の二千万円の手形が奪われたのだ。通常、手形割引等の重要な業務は康三郎が行っていたが、その日は専務の健一に任せることになっていた。横浜銀行の接客室に通された健一は、部屋で待っていたパクリ屋に殴られ気を失った。康三郎は町田弁護士に電話を掛け、対抗策として大矢根組のサルベージ屋を雇うことにした。その噂を聞きつけた水原商事の水原泰三は、長岡が心臓マヒでも起こしてくれるといいねと部下に言った。翌日、長岡企業に手形金融・三田村平之進という男から電話が掛かった。奪われた手形が三田村の手元にあるというのだ。康三郎は男の指示通り、料亭へ出向くことにした。彼は三田村からお酌された酒を飲むと意識を失い、高尾医院に運ばれた。死因は心臓マヒだった。

告別式が終わり、会社では株主総会が開かれた。満場一致で健一が新社長に選ばれたが、会議中に水原が現れ要件があると言った。手形金融の水原は半月前に同業者から頼まれ長岡企業の五百万円の手形四枚を割り引いたが、それがパクリだったというのだ。弱みを握った水原は会社の専務に納まった。水原は利益優先の会社運営を推し進め、沖仲仕たちに連日の時間外勤務を命じた。さらに福利厚生や危険防止の費用を冗費とみなすとことごとく削っていった。その結果、業績はグンと上向いた。しかし現場で働く人々の疲労は溜まって行く一方だった。ある日、いつも陽気な松平政吉がハッチのはしごから足を滑らせて転落死した。親友を失った英二は、健一を病院へ連れて行き政吉に対面させた。現場での事故は社長に報告されていなかったのだ。健一は作業員の前で労働条件の改善を約束した。ところが水原は労働者の言い分を笑い飛ばした。そこで健一は命令を聞けないならば株主総会を開いて辞任させると脅したが、水原は手形のことを忘れてもらっちゃ困ると言った。健一はどんなことをしてでも金は作ると意地を張ったが、銀行は責任問題に関わると言って金を貸さなかった。そこで今度は父親が世話になった人たちを頼って金策に走ったが、目標額には程遠かった。

屋台的映画館

女囚さそり 第41雑居房

  • posted at:2006-05-09
  • written by:砂月(すなつき)
じょしゅうさそりだいよんじゅういちざっきょぼう
東映
配給:東映
製作年:1972年
公開日:1972年12月30日 併映「昭和残侠伝 破れ傘」
監督:伊藤俊也
原作:篠原とおる
脚本:松田寛夫 神波史男 伊藤俊也
企画:吉峰甲子夫
撮影:清水政郎
美術:桑名忠之
音楽:菊池俊輔
主題歌:「怨み節」梶芽衣子
挿入歌:「女の呪文」梶芽衣子
照明:桑名史郎
録音:広上益弘
編集:田中修
助監督:馬場昭格
記録:高津省子
スチール:藤井善男
擬斗:日尾孝司
進行主任:東一盛
装置:根上徳一
装飾:米沢一弘
美粧:住吉久良蔵
美容:花沢久子
衣裳:宮下貞子
演技事務:山田光男
現像:東映化学
出演:梶芽衣子 白石加代子 賀川雪絵 室田日出男 渡辺文雄
アメリカンビスタ カラー 89分

再び収監された松島ナミは手足を拘束された状態で陽の届かない地下の雑居房に放り込まれた。刑務所所長・郷田の怒りは並々ならぬもので、右目を失ったのは彼女のせいだと信じて疑わなかった。それから一年が経ったある日、法務省から巡閲官が視察にくることになり、ナミは一日だけ外に出されることになった。郷田は彼女を隔離してから所内の治安が良くなったことでナミの女囚に対する影響力に怯え、そして同時に勝ったと考えた。東京管区長への栄転が決まったこともあり、郷田は彼女に最後の褒美を与えることにした。

巡閲官が整列する女囚たち声を掛けて歩いていると、一人では立っていられないナミが刑務官に支えられてきた。それを見た女囚の大場ひでらは「さそり」の姿に失望にした。そんなナミに巡閲官はにこやかに近寄り、早く罪を償って更生する努力をしなさいと声を掛けたが、後ろをついてきた郷田はあまり近寄ると噛みつかれますよと注意した。すると機会を窺っていたナミは郷田目掛けて飛び掛かり、長い期間を掛けてスプーンを加工した凶器は郷田の頬をかすめた。この様子を見ていた巡閲官は腰を抜かして失禁し、女囚たちの間には「さそり」の伝説が復活した。郷田の憎悪は頂点に達し女囚全員に強制労働の懲罰を与えたのだった。

ナミが女囚たちの間で偶像に祀り上げられていることを郷田は苦々しく思い、「さそり」という名が反抗の合言葉となっては手に負えないこともわかっていた。そこで彼は刑務官たちにナミを女囚たちの目の前で辱めよと命じたのだった。作業場から戻るトラックの中でナミは女囚たちから恥知らずとリンチを受けた。やがて意識を失い口から血を流して倒れると、彼女らはようやく事態を把握したのだった。「さそり」が死んだと。様子がおかしいことに気づいた刑務官が状態を確認するために荷台のナミに近づくと、彼女は素早く動いて手錠の鎖で男の首を締めた。すると騒ぎに気づいて駆けつけた刑務官をひでが倒しライフル銃を奪ったのだ。ひでは他の5人と脱走する決意をし、ナミの目をじっと見つめた。

ナミを乗せたトラックが戻ってこないため、郷田は捜索チームを結成し作業場へ向かった。その途中でトラックが炎上する現場に出くわし、ドアから刑務官の足がつき出していた。そしてもう一人は岩場で全裸にされ股間に杭を打ち込まれていた。それがナミの仕業だと確信した郷田は絶対に逃がさんと怒りに声を震わせた。

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