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南国土佐を後にして

  • posted at:2005-10-11
  • written by:砂月(すなつき)
なんごくとさをあとにして
日活
配給:日活
製作年:1959年
公開日:1959年8月2日 併映「事件記者 真昼の恐怖」
監督:斎藤武市
原作:川内康範
脚本:川内康範 斎藤武市
企画:茂木了次
撮影:高村倉太郎
音楽:小杉太一郎
主題歌:「南国土佐を後にして」ペギー葉山
美術:佐谷晃能
照明:大西美津男
録音:米津次男
編集:近藤光雄
助監督:神代辰巳
色彩計測:幸田守雄
現像:東洋現像所
製作主任:林本博佳
協力:高知県 高知市
出演:小林旭 浅丘ルリ子 ペギー葉山 南田洋子 中原早苗
シネマスコープ カラー 78分

刑期を満了した原田譲司は母・のぶが待つ故郷の高知に帰ることにした。彼が足を踏み入れた高知市内はよさこい祭りで賑わっていた。服役中に開かれた慰問コンサートで、譲司はペギー葉山が歌う「南国土佐を後にして」を聴いた。その歌には民謡「よさこい節」の一節が使用されているが、それが彼の故郷への想いを呼び覚ました。譲司の兄・義之は特攻隊員として戦火に散ったが、兄の許嫁だったはま子は「よさこい節」が好きでよく口ずさんでいたのだ。そのことから刑務所を出たら東京の住居を引き払って母と一緒に暮らそうと兄に誓ったのだった。のぶは帰ってきた譲司の顔を見てとても喜んだが、東京で犯した罪について聞こうとはしなかった。

譲司は恋人の春江に会いに行ったが、彼女は父親の借金の形にヤクザのボス・北村定男と結婚することになっていた。さらに悪いことは続いた。前科が仇となって就職口は断わられ、職にありついても北村の子分たちから陰湿な嫌がらせを受けた。しかし二度と暴力を振るわないと誓った譲司は無抵抗を貫いた。譲司は海岸で荒波を見ながら東京へ帰った方がいいのではないかと考えていたが、そこへ北村の目を盗んで逃げ出した春江が現れた。春江は本心を聞いて欲しいと駆け寄ったが、譲司はもう遅いよと言った。その様子を眺めていた北村は子分たちをけしかけた。譲司がその中の一人を殴り倒したそのとき、彼の脳裏に過去の記憶が甦った。譲司は賭場でイカサマを働いた客を殴り、殺人容疑で逮捕されたのだ。途端に譲司の体から力が抜け、彼はサンドバッグのように殴られ続けた。そして北村が手下に譲司の指を詰めるように命じたそのとき、一発の銃声が鳴り響いた。危機を救ったのは東京から彼を追ってやってきたかつての仲間たち、会津とベレーの寛だった。会津たちから逃れたい譲司は東京へ行く決心を固め、さっき言ったことが本当なら俺が迎えに来るまで待っていて欲しいと春江に伝えた。

はま子のもとで下宿することになった譲司は面接会場をはしごしたが、何処からも良い返事を貰えなかった。落ち込む譲司の姿を見たはま子の妹・麻子は彼を元気付けようとキャバレーに連れて行った。ところが店の奥にいる会津たちに気付き、譲司は店から逃げるようにして出てきた。そこで彼はペギーと再会した。ペギーに励まされた譲司は気持ちを切り換えて職を探した。数日後、ついに朝日商事から採用通知を受け取った。ところが出社当日、採用担当者から不採用を言い渡された。他企業からも次々と採用取り消され、譲司は落ち込んだ。履歴書に賞罰なしと偽りを記入した譲司の責任だったが、それを企業に連絡したのはベレーだった。ところがはま子のコネで就職した理解ある社長が経営する大川証券でさえも彼をクビにした。それは春江との仲を妬んだ麻子の仕業だった。その夜、譲司は北村から逃れてきた春江と再会した。二人が下宿から出てくるところを待っていた北村は、春江の父親がした借金の百万円を今すぐに返せと言い出したのだ。そうすれば黙って春江を渡してやると言う北村に、譲司は金さえできれば文句ねえんだろうと啖呵を切った。そして会津とベレーを呼んだ譲司は、一晩限りという約束で封印していたダイスを振ることにした。

屋台的映画館
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妖怪百物語

  • posted at:2005-10-06
  • written by:砂月(すなつき)
ようかいひゃくものがたり
大映
配給:大映
製作年:1968年
公開日:1968年3月20日 併映「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」
監督:安田公義
脚本:吉田哲郎
企画:八尋大和
撮影:竹村康和
特撮監督:黒田義之
音楽:渡辺宙明
美術:西岡善信
録音:大角正夫
照明:伊藤貞一
音響効果:倉嶋暢
編集:菅沼完二
擬斗:楠本栄一
助監督:太田昭和
製作主任:西沢 治
現像:東洋現像所
出演:藤巻潤 高田美和 平泉征 坪内ミキ子 ルーキー新一
シネマスコープ カラー 79分

甚兵衛長屋の隣にある社の宮守・伍平は、突然現れた但馬屋の番頭・藤兵衛や重助から立ち退くように言われ憤慨した。豪商・但馬屋利右衛門は社を取り壊してそこに岡場所を作るというのだ。すでに寺社奉行からは取り壊しの許しを受けており、社と長屋の土地は全て但馬屋のものになっていた。伍平は、あの長屋の土地は甚兵衛さんの持ち家じゃないかと食い下がったが、藤兵衛は当人がうんと言えば文句ないだろうと言った。その言葉に心を痛めたのは甚兵衛の娘・おきくだった。

長屋の住人は甚兵衛の屋敷に集まり、藤兵衛が言った言葉の真偽を確かめた。すると甚兵衛はすまないと頭を下げた。彼は誰にも相談せずに長屋を抵当にして利右衛門から三十両を借りたのだ。甚兵衛の死んだ女房は病気で長い間寝込んでいたが、そこに付け込んだ利右衛門がオランダ渡りのいい薬があると勧めて来た。甚兵衛はその企みあっての親切に甘えたが、借金は積もり積もって行き、利息を払うことで手一杯の状況で借金の全額返済を迫ってきたのだ。その話を聞いて憤る太吉たちに、甚兵衛はもう一度猶予を頼んでみるから事を荒立てないようにと釘を差した。そこに駆け込んできたおきくは、伍平が死んだと言った。伍平は但馬屋の人足たちに抵抗し、殴られて死んだのだ。太吉は但馬屋へ敵討ちに行こうとしたが、それを押し止めたのは同じ長屋に住む浪人・安太郎だった。安太郎は、犠牲を出すだけだからやめとけと太吉に言って屋敷を出て行った。

利右衛門は岡場所建設に関わった人たちを呼び寄せて宴席を設け、百物語という変わった趣向を用意した。これは噺家が百の怪談を語り、一つ済むごとに蝋燭の一つを消すというものだった。最後の火が消えたとき、しきたりとして憑き物落しのまじないをすることになっていたが、利右衛門は妖怪が出るというのは下々の者が言う迷信だといって拒否した。噺家は、謂れがあって昔から伝えられてきたものだからおろそかには出来ないと言ったが、利右衛門は私なりの憑き物落しをするつもりだと言って聞かなかった。利右衛門は、世の中にはこれに勝るお守りはないと言って来客に小判を振舞った。その客の中に安太郎が紛れ込んでいた。

屋台的映画館

東海道お化け道中

  • posted at:2005-10-01
  • written by:砂月(すなつき)
とうかいどうおばけどうちゅう
大映
配給:大映
製作年:1969年
公開日:1969年3月12日 併映「ガメラ対大悪獣ギロン」
監督:安田公義
脚本:吉田哲郎 浅井昭三郎
企画:八尋大和
撮影:今井ひろし
音楽:渡辺宙明
美術:西岡善信
録音:海原幸夫
照明:黒川俊二
編集:谷口登司夫
特技監督:黒田義之
擬斗:楠本栄一
音響効果:倉嶋暢
助監督:辻光明
製作主任:小沢宏
現像:東洋現像所
出演:本郷功次郎 保積ペペ 古城門昌美 戸浦六宏 五味龍太郎
シネマスコープ カラー 78分

火車の勘蔵は宮守の仁兵衛が持っている書付を奪うために子分たちと待ち伏せをしていた。書付には勘蔵が知られては困る悪行の数々が書かれていたのだ。鬼塚で祈祷をしていた塚守・甚兵衛は、ここで殺生をすれば恐ろしい祟りがあると忠告をしたが、勘蔵たちは聞く耳を持たなかった。戒めを破ったものには鬼塚の霊が付きまとい身を滅ぼすと言って止める甚兵衛を斬った勘蔵は、今度は仁兵衛と子分を容赦なく斬り捨て書付を奪った。死体を溜池に投げ込んだ勘蔵は、懐に入れておいた書付がないことに気付き、落としたに違いないと来た道を戻ると少女が書付を持って立っていた。ここで起こった出来事を見られたに違いないと考えた勘蔵は子分たちに捕まえるように命じたが、少女は林の中へ走り去った。

家に戻った少女=お美代は、鬼塚から戻った瀕死の甚兵衛の元に駆け寄った。彼女の祖父である甚兵衛は、東海道・由井の宿にある彫刻師・彫辰の家を訪ねるように言った。そこで彼女の父親が働いているというのだ。お美代の父親は彫刻の腕は良かったが博打が飯より好きだった。子供が生まれたときも産後の肥立ちが悪くて女房が死んだときも博打場に入り浸って家に帰らなかった。かわいい孫を任せては置けないと甚兵衛がお美代を引き取り、父親は死んだことにして育てたのだ。甚兵衛は親子の証であるサイコロを渡すと息を引き取った。家の外で男たちの声がすると、お美代は慌てて裏口から逃げ出したが、子供の足では遠くまで行くことはできず子分たちに捕まってしまった。そこへ通りかかったのは銭座の百太郎というやくざだった。

勘蔵たちと手を組んだ賽吉は、宮守一家を裏切って親分の仁兵衛を消すことに成功した。しかし賽吉にとって厄介だったのは、仁兵衛の使いで伊勢に行った兄貴分・百太郎の存在だった。仁兵衛を慕う百太郎は剣術に秀でていて賽吉の手には負えなかった。勘蔵は、賽吉が彼自身の手で百太郎を始末すれば仁兵衛の縄張りを任せると言った。承知した賽吉は、待ち伏せをして百太郎の隙を窺うことにした。

お美代の話を聞いて気の毒に思った百太郎は、由比にいる父親の元へ送り届けることにした。その道中で、浜松から帰る途中だという賽吉と出会った百太郎は、お美代が火車一家から追われていることを話した。すると賽吉は、いきなり百太郎に斬りかかった。

屋台的映画館

妖怪大戦争(1968年)

  • posted at:2005-09-24
  • written by:砂月(すなつき)
ようかいだいせんそう
大映(京都撮影所)
配給:大映
製作年:1968年
公開日:1968年12月14日 併映「蛇娘と白髪魔」
監督:黒田義之
脚本:吉田哲郎
企画:八尋大和
撮影:今井ひろし
音楽:池野成
美術:太田誠一 加藤茂
録音:林土太郎
照明:美間博
編集:谷口登司夫
特撮合成:田中貞造
擬斗:楠本栄一
音響効果:倉嶋暢
助監督:国原俊明
製作主任:村井昭彦
語り手:戸浦六宏
現像:東洋現像所
出演:青山良彦 川崎あかね 大川修 内田朝雄 木村玄
シネマスコープ カラー 79分

優れた文明を誇ったバビロニアの都・ウルの遺跡は今や廃墟と化していた。いつの頃からか廃墟の地下には凶暴な妖怪が眠っているという噂が立ち、ある者は四千年経った日に目を覚まし再びこの世に現れると預言した。それ以来、難を逃れて人の足は全く途絶えていたが、年月が経つとともにその予言は人々から忘れ去られていった。巨大な彫像に入り口を見つけた二人の盗賊は内部に侵入した。男の一人が鶴嘴を突きたてると壁が崩壊し、鳥のような頭を付けた杓杖が顔を覗かせた。男がそれを引き抜くと空一面が一瞬のうちに曇り、強風とともに雷鳴が轟いた。煙の中から現れた吸血ダイモンは彫像を破壊して男たちを瓦礫の下に沈めると巨大な翼で空に舞い上がった。

代官・磯部兵庫は娘の千絵と伊豆の浜辺で釣りを楽しんでいたが、雲行きが怪しくなったため一荒れ来る前に引き上げることにした。屋敷に帰る途中に浜を見回った兵庫は不審な煙を目撃した。良からぬ気配を感じた兵庫は刀の柄に手をやったが、突然の強風で体は薙ぎ倒されてしまった。這ってでもその場を逃れようとした兵庫を引き止めていたのは、雷光とともに現れたダイモンだった。兵庫は刀を抜き斬り掛かったが、敵う相手ではなかった。ダイモンは兵庫に近づき首に噛み付くと血を吸った。そして兵庫に姿を変えるとこの地を支配しようとした。

屋敷に戻った兵庫は吼え掛かる飼い犬を一閃し、不浄だと言って薙刀で神棚や仏壇を打ち壊した。千絵や用人・川野佐平次は殿の変わりように驚きを隠せなかった。そして佐平次と同様に驚いたのは庭に住む河童だった。兵庫は杓杖を使って佐平次を気絶させると首に噛み付き血を吸い始めた。そして分身したダイモンが佐平次に取り付くと、彼もまた人が変わってしまった。佐平次は代官所の役人・真山新八郎たちに神棚等を直ちに焼き捨てるように言い、殿の指図に背く者は断罪だと言い放った。そして千絵に対しても余計な口出しをすれば容赦しないと言った。騒動を一部始終見ていた河童はダイモンの前に現れ、俺はこの屋敷の主だから縄張りから出て行きやがれと叫んだ。ところがダイモンは一笑に付して相手にしなかった。覚悟を決めた河童はダイモンに勝負を挑むことにしたが、あっけなく敗れてしまった。命からがら古寺に逃げ込んだ河童は、妖怪の仲間たちを呼び集めてダイモンの恐しさを説明したが油すましたちは彼の話を信じようとはしなかった。それは妖怪紳士録や日本妖怪大図鑑に載っていなかったからだ。

首から血を流して倒れていた腰元・しのぶを発見した新八郎は、修験者の大日坊に悪魔祓いの祈祷を依頼した。兵庫の正体が魔性のものであることはわかったが、大日坊は代官からそれを取り除く手立てはないと答えた。そして魔性が代官に乗り移っているのではなく、魔性が代官の姿を借りているのだと言った。犬の刻になると、新八郎は大日坊から言われたとおりに三本の蝋燭を魔性が棲む部屋の隅に立てた。大日坊は護摩を焚いてダイモンの力を封じ込めようとしたが、逆に炎で全身を焼かれてしまった。それを見た新八郎は、万一の場合にと渡された破魔の弓と守り札を握りしめ復讐を誓った。

茂市とお咲は生贄を求める代官所の役人たちから逃げ延びるために古寺に駆け込んだ。茂市は、代官に捕まったら殺されてしまうと妖怪たちに助けを請うたが、油すましは情け深い代官がそんな残酷なことをするはずがないと否定した。話に加わった河童があれは代官の姿をしたお化けなんだと説き伏せ、ようやく仲間たちは納得した。そこに現れた青坊主と雲外鏡があの妖怪はバビロニアのダイモンだと説明すると、油すましは「こんな奴、のさばらせといたら日本お化けの名折れや」と叫び、仲間たちに団結を求めた。

屋台的映画館

地震列島

  • posted at:2005-09-21
  • written by:砂月(すなつき)
じしんれっとう
東宝映画
配給:東宝
製作年:1980年
公開日:1980年8月30日
監督:大森健次郎
製作:田中友幸
製作補:高井英幸
脚本:新藤兼人
特別スタッフ:竹内均 大崎順彦 諏訪彰
撮影:西垣六郎
音楽:津島利章
主題歌:「アメジスト・サンレイ」しばたはつみ
美術:阿久根巖
照明:小島真二
録音:林頴四郎
編集:小川信夫
監督助手:奈良正博
スチール:石月美徳
アクション・アドバイザー:風間健
協力:三立製菓 マツダ
協力:「大地震」(プレジデント社・刊)の著者=グループ915 小板橋次郎 真鍋繁樹 千葉仁
整音:東宝録音センター
効果:東宝効果集団
現像:東京現像所
水中協力:オセアノフィルムセンター
資料協力:NHK
製作担当者:森知貴秀
特殊技術・ 撮影:山本武 長谷川光広
特殊技術・美術:井上泰幸
特殊技術・照明:森本正邦
特殊技術・作画:塚田猛昭
特殊技術・監督助手:浅田英一
特殊技術・光学撮影:宮西武史
特殊技術・特殊効果:渡辺忠昭
特殊技術・製作担当者:篠田啓助
出演:勝野洋 松尾嘉代 永島敏行 多岐川裕美 大滝秀治
アメリカンビスタ カラー 126分

地震学者で川津研究所の所長・川津陽一は三原山で溶岩の観測を行い、表面が一ヶ月に3.1メートル上昇していることがわかった。気象庁では地震防災対策強化地域予知会月例会が開かれ、観測現場から駆けつけた陽一は、林課長から埼玉県岩槻の深井戸に設置された傾斜計が午前四時に気になる数値を示したと知らされた。会議で陽一は地盤の盛り上がり方が異常なのではないかと発言したが、委員たちは一つの傾斜計のデータだけでは判断の基準にならないと問題にしなかった。陽一は東京の直下型地震を注意すべき状態だと言ったが、彼らは傾斜計の一データを東京の大地震に結びつけるのは乱暴だと言った。そこで陽一は最も危険が迫っている東海地域にだけ目を向けるのではなく、関東にも目を配り防災対策を強化すべきだと主張したが、防災は政府がやることで学者が口出しすることではないと渡辺教授は言った。地震予知会会長の丸茂教授は政府をその気にさせるのは容易ではないと怒りを抑えるように言った。そして東京に地震が来るのかねと聞いた。何時だと問い詰められた陽一は30日以内に来ると言い切った。気象庁観測部長は陽一を予知会から外すべきかと気象庁長官に相談したが、無尽蔵に増えていく建築物を憂いを感じていた彼は陽一の考えに共感し、内閣官房長官に連絡した。研究所にやってきた丸茂は、予知会で傾斜計のデータを再検討した結果、あの発言が暴言だったことを結論付けたと陽一に報告した。それに対し彼は、本気でそう思っているわけではなくあえて暴言を吐かなければ政府が防災に本腰を上げないからだと言った。ルールを踏んでいては誰も聞き入れてくれないという陽一の発言に憤った丸茂は今すぐ取り消すように強制したが、陽一は覚悟の上だと言った。

陽一と妻・裕子との関係は冷え切っていた。彼女の父は地震学の権威である故・川津宗近だったが、陽一が予知会に所属していられるのは宗近の威光だと言っても過言ではなかった。そんな陽一の心を癒してくれるのは、研究所の所員・芦田富子の存在だった。富子の幼なじみだった橋詰雅之は彼女のマンションを訪れ、夕食をごちそうになった。そこで富子はジャーナリストの命を賭けるという条件付きで東京地震のことを話した。ルポライターの雅之は、その日カメラマンの梅島一枝とともに助川象三宅を取材で訪れた。地震の前触れを知らせる雉を飼っている象三は、最近雉が不気味な鳴き声を発すると言うのだ。そのこともあり雅之は興味を持った。その頃、陽一は所員たちと一丸になって防災の研究を始めた。燃えない車の開発から始まった研究は、トンネル内での消火活動や避難経路の実験にまで至ったが、その様子を遠くから窺う一台の車があった。

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